一艸獨語(ひとくさのひとりごと)連載その一 同血社 會長 河原博史

復刊四号(平成二十六年四月一日)より

保守派よ、皇國の面目を剥奪する勿れ

本紙を愛讀する諸賢に對して全く釋迦に説法であるが、それでも筆を進めるにあたり鹿爪らしく云はねばなるまい。日本は世界に無比たる國家である、と。それ、宛も人面に二つ無く、或は指紋に寸分違はぬ二つが無きやうなさういつたレベルの話しではない。その類ひの話しであれば、固より萬國に同じ國があらう筈は無いのである。
こゝで云ふ世界無比とは、いくら世界に國多しと雖も、吾が國體ほど國家國民の基礎を固うし、然も人倫を輕んぜず、加へて文化を創造し、且つ悠久の歴史を一貫し永遠の將來に亡滅す可からざることを擔保し、眞に人が人たるを以て社會に貢獻する能ふ、かうした完成度に於て比肩する國家無きを云ふ。
日本が萬國に冠絶したるその個性とは、我々の手先が器用なことでも、サービス精神が旺盛なことでも、禮儀正しいことでも何でも無い。確かにそれらも比す可き對手が支那となれば格別の差を以て優秀であるに違ひないが、萬國を相手取り、日本のサービスや禮儀が壓倒的に拔羣であると云つてしまへばそれは自畫自贊だ。日本が他の追隨を許さぬほど、精確に云へば他國が追隨しようにも追隨し得ない超絶したるその個性とは、乃はち吾が國體を指して云はなければならない。これは立國時に既に備はつてゐるものであるからして、云ふなれば天分である。よつて多國が追隨しようとも、眞似を試みるとも到底成し得ることが不可能なのである。一君萬民の吾が國體は、神武天皇や、或は優秀且つ忠良なる臣民が鋭意苦心して發明したものでも發案したものでも發見したものでもない。神代のむかしより既に完成されてゐたものなのである。神代より、(神武天皇が都を宣し玉ひし以後今日に至るまでの)人代に世が變遷して猶ほそのまゝ繼承された吾が國の一大個性であり一大眞相である。生を享け既に神國の住人であつた吾人には當たり前に過ぎて動もするとその偉大を忘れるが、萬國よりみれば日本は明らかに特殊であり、不思議であり、神祕の國なのである。異人よりかくみられるのは啻にひとり 皇室あるがためだけではない。國體も備へられしためである。

世界英雄傳に認められざる日本の英雄

その特殊性や特異性に就いて改めて氣付かされることがある。ユリウス・カエサル、アレクサンドロス、チンギスハーン、ナポレオン、ジャンヌ・ダルクや、ヒトラー、ムツソリーニ、チヤーチル、チエ・ゲバラなど〳〵、彼れらが英雄若しくは偉人としてその名を世界に馳せてゐることは大凡の人の識るところだ。支那に於てみても嬴政、劉邦、冒頓單于、煬帝などは弘くその名が知られてゐる。〈參考文獻…『人物世界史』(山川出版社)、『世界英雄と戦史』(新人物往来社)〉
一方日本人の、英雄として諸國にその名を知らしめたる人は幾許ありしか。恐らく乃木希典、山本五十六、東郷平八郎などは若しかすると知られてゐるかもしれないが、いづれにせよ極近しき時代の人物が主であらうと思ふ。意外にせよ心外にせよ、我が國史が世界最古にしてその内容も豐富且つ濃厚であるにも係はらず、吾が歴史上の人物は世界が認知したる英雄の仲間にさう多く入つてゐないのである。
彼れら外つ國の人は日本の英雄たる日本武尊や神功皇后を能く知らない。和氣清麻公も能く知らない。菅公のことや大楠公のことを知る者は皆無と云ふ能はざれば極く僅少だ。日本國史に於ける英雄偉人を世界が英雄として認めてゐないのか、兎にも角にも數多出版される世界英雄傳に左の名前を見付けることは困難といふよりも寧ろ不可能と云うた方がより適切であらう。
この理由として筆頭に掲げる可きは我が國體の特殊事情にあらねばならぬ。第一に擧げる可きは、日本は歴史の斷絶が一度もないことだ。爲めに諸國一般にありがちな解放の義士、獨立の英雄などの登場する餘地が絶無なのである。第二にこれに關連して、日本は歴史上、實は大凡安定してゐるが爲め、救世主の出番が必要無きことだ。確かに吉野朝時代、戰國時代といふ殺伐混亂たるの時代もあつた。幕末から明治時代に掛けて内亂いつ止むとも知られぬ時期もあつた。だがそれは他の國々にみられる乃はち興亡を別つ可くの内亂と異なり、然も吾が國史上に於ける一過性の特別な例外と觀察す可きであつて、歴史を通觀すれば日本は總じて泰平治國の好成績を遺してゐる。その例外たる過去の内亂にせよ、救世主は時の 天皇であつた。もしそれに加へることが許されるならば、皇業を翼贊し、叡慮奉戴を專務とした尊皇偉傑の民草である。忝くも 列聖の常に御祈念遊ばれますことは「民安らけく國平らけく」であり、吾が國史は吾が國體によつてこれを單なる理想に止め措く能はず、充分 皇國の名を辱めざる歴史を積み重ねてゐる。第三に、我が國體の性格が特殊に過ぎ、他國民の理解を得られないことにある。君臣の別は日星のごとく明らかにあり、この絶對の宿命はたとへ世の如何なる權力者の都合と事情を以てしても、改造することは出來ない。これより生じて發達した吾が國民精神や民族としての節操は、啻に敵を多く殺すことを手柄とするよりも、大御心や叡慮を奉戴することに重きを置くことゝなつた。他國民からみれば和氣公は神託を上奏したに過ぎず武勲といふ武勲は立てゝゐない。菅公は冤罪を被つた悲劇の一人に過ぎない。大楠公は敗戰の武將に過ぎない。世界のいふ英雄とは國を滅ぼし新らたに國を興した者や、多く敵人を殺して殊勲を立てた者、時には萬民の意を與みして主君を弑した者などである。然れども特殊な國體を有する日本は異なる。如何に勇氣があれども、如何に多くの敵を殺害すれどもそこには條件があらねばならない。その條件とは尊皇の眞心があるといふことだ。隣國支那で英雄とされる嬴政は楚燕齊を滅ぼし秦統一國家を造つた暴虐無人だ。勿論〝始皇帝〟の稱號も自ら世人にさう呼ぶやう強要したものだ。劉邦はこの秦を倒して漢帝國を興した者だ。冒頓單于は匈奴の主だ。假りにこれらの基準に日本も從へば、土蜘蛛や熊襲、天草四郎時貞や、所謂る蝦夷共和國を興した榎本武揚・松平太郎などは英雄視されなければならない。だが彼れらが一部特定の地域及び宗教團體を除き、およそ 皇國全般に於て英雄視されてゐる事實を野生はしらない。皇國民は潛在意識にせよ顯在意識にせよ、叡慮を奉戴せぬ者の功を功として認めることは出來ないのである。而してかうした特殊な價値觀念からも、吾が國が世界に比類なき特殊な國體を有してゐることが容易に理解し得る。そしてこの特殊な國體が世界にひとり突出したる優秀な成果を齎せてゐるといふことは、必ずしも吾人の自畫自贊ではなく、日本史と世界史を比較すれば容易に證明されることなのだ。逆言すれば、英雄が雨後のキノコの如く多く出で來たらぬといふことは、國家としては極めて健全であり且つ安定してゐるといふことに他ならず、即是れ吾が國體の成果であると誇つて宜いことなのだ。

日本の特殊事情こそ啓蒙す可し

以上、吾が國體による日本の特殊事情を簡易に述べたが、こゝで一點、野生の憂慮を吐露しておかねばならない。
刻下保守派言論人が擡頭してテレビや雜誌、各地で講演し活躍してゐる。だが彼れらの主張を聽するに於て、如上日本の誇る可き固有性や特殊な優秀性を説く能はず、寧ろこれらを忘却、無視させるかのやうに、口角泡を飛ばし、やれ自主憲法を、やれ國軍創設を、やれ領土奪還を、やれ強行外交を、やれ戰後脱却を、と氣勢を上げ彼れらの云ふ日本精神の發揚に努めてゐる。その主張はわからんでもないが、世界全般に共通した保守派の常識である、所謂る「愛國史觀」なるものを鼓舞する程度で、果して本當に特殊な國體事情を有する〝日本精神〟作興に繋がるのか、この點に就て首を傾げざるを得ない。天下無双の 皇國にあつて國民精神が正しく發揚されるといふことは、そんじよそこらの國で喧しく叫ばれる「愛國史觀」なのではなく「敬國史觀」「崇國史觀」でなければ不足である。さう、日本は「皇國」だ。「天皇を愛する」「皇室を愛する」「皇國を愛する」といふ概念は、神を愛し親を愛するといつて憚らない耶蘇教徒や西洋人ならばいざ知らず、君臣の別が明瞭なる 皇國民としては如何なものか。日本人として口にするのも情けないことだが、をかしな保守派が跋扈してゐる爲め敢へて苦言する。NHKや朝日新聞の社説にあるが如く、「皇室を愛する」ことは不敬であつて、日本の保守を自稱するほどの者は 皇室及び 天皇を「尊崇」「崇拝」するといふ民族の面目を保守するやう努めていたゞきたいものだ。民族の面目を墨守保持し得ずして憲法を改正しYP體制を打倒したところでそれが一體何になるといふのか。單なる獨立國としての面目が立つだけで、謂はゞのつぺら坊のやうに個性を滅却した國家・民族へと墮し、皇室の眞意義、皇國の大理想、皇民の大使命はより浮薄となるか埋もれ木に藏されるのである。つまりサンケイ新聞の論調の下方に位置する程度の保守的言論でなくして、それを遙かに凌駕する、つまり「敬神尊皇」を説かねば、皇國日本の中興はいづれも失敗に終はらざるを得ないのである。假りに若し達せられるとするならば、そは憾む可きことゝして「皇國」の本領を失した場合であり、日本は南北朝鮮同樣、亞細亞に存する小さな一獨立國と見做され遂にこの域を出でぬであらう。
はからずも今度び道の先輩である福田草民兄より『皇道日報』に駄文愚説の連載する機を得た。こゝでは卑見を呈し、世界に認められざる 皇國の偉人功勞者や、時には竹林を友とした一閑人を紹介することもあるであらう。反グローバルを叫ぶ保守派言論人が日本の固有性を棄てゝグローバルな思考回路と價値觀に淫され日本人の歩む可き道を評論する。
この愚を矯正する爲めの『皇道日報』なれば、我れの持てる斧はたとひ蟷螂のそれに過ぎざるも、鋭意揮ふの勞を惜しむまじ。

 

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