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電子版記事

紙面では掲載していない記事や論文はここに掲載されてゐます

【2/10】「露国ニ対スル宣戦ノ詔勅」渙発あそばされて百十三年

本日は 明治天皇が「露国ニ対スル宣戦ノ詔勅」を渙発あそばされて百十二年が経つた。 戦時期間は明治三十七年二月八日より明治三十八年九月五日の一年七カ月間。 靖国神社に祀られた英霊は八八四二九柱。 戦役の結果、ポーツマス条約により北方領土が南樺…

神光迎来

あたらしきとしのはじめに畏くも すめらみ国の弥栄祈る 読者諸氏の御健勝を祈念いたします。 紀元二六七七年 平成二十九年 元旦 皇道日報社 関連記事 神光迎来 あらたしき年の初めにかしこみてスメラミトコのいやさか祈る 読者諸兄に於かれましては…

天長節の佳き一日

二十三日、天皇尊に於かれましては喜ばしくも御聖誕より八十三年をお迎へ遊ばされた。 参賀に訪れた国民に対し畏れ多くも感恩の叡慮を賜つた。 その後、巣鴨プリズン跡地にて所謂A級戦犯及び憂国烈士のみたまに黙祷を捧げた。 夕方より、神奈川県維新協議…

本日は「米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書」渙発あそばされて七十五年

七十五年前の今日、米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書が渙発あそばされた。 大東亜戦争の意義や解釈を広く論じられてゐるが、畏れ多くも詔書に対し奉り希薄な論調が多い。 ここで日本の戦とは「詔」が渙発あそばされてのみ大義が存することを「米英両国ニ対スル宣…

【10/27】三笠宮崇仁親王殿下薨去

三笠宮崇仁親王殿下におかれましては本日午前八時三十四分薨去されました。 ここに謹んで哀悼の意を表します。   関連記事 皇道日報「邪教日蓮抹殺の先覚者」昭和十六年十一月二十九日 ■日蓮宗が大不敬大叛逆思想の結晶する邪教なる事を看破…

【8/23】独逸国ニ対スル宣戦ノ詔書渙発あそばされた日

今を去ること百二年前、独逸国ニ対スル宣戦ノ詔書渙発あそばされた。所謂第一次世界大戦参戦である。 天祐を保有し、萬世一系の皇祚を践める大日本國皇帝は、忠實勇武なる爾、有衆に示す。 朕、茲に獨逸國に対して戦を宣す。朕が陸海軍は宜しく力を極めて戦…

玉音賜る

天皇尊におかれましては、今日午後三時よりメデイアを通じ玉音を国民に賜られた。  戦後七十年と云ふ大きな節目を過ぎ、二年後には、平成三十年を迎へます。 私も八十を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの…

「清国ニ対スル宣戦ノ詔勅」渙発あそばされて百二十二年

本日は「清国ニ対スル宣戦ノ詔勅」渙発あそばされて百二十二年が経つた。所謂「日清戦争」である。 戦闘は明治二十七年二十八日月から明治二十八年三月まで。 この戦役の結果、台湾が大日本帝国となる。 靖国神社に祀られし英霊は一三,三〇九柱 清国ニ対…

「阿形充規先生の喜寿を祝う会」が催される

十五日夕刻より新宿区に於いて、民族運動家で指導者でもある阿形充規先生の喜寿を祝う会が催された。   関連記事 神光迎来 謹んで 皇室の弥栄と皆々様の御健勝と 御発展を心よりお祈り申し上げます 紀元二千六百七十三年 平成二十五年 元…

不敬出版社に鉄槌下る

時対協(大日本愛国団体連合・時局対策協議会)松田晃平理事が不敬論文を揭載した出版社のワツクに対し鉄槌を下した。 問題の雑誌とは「月刊ウイル六月号」であり、西尾幹二と加地伸行の対談が掲載され、畏れ多くも 皇室に諫言すると言ふ不敬極まりない内容…

「露国ニ対スル宣戦ノ詔勅」渙発あそばされて百十二年

本日は 明治天皇が「露国ニ対スル宣戦ノ詔勅」を渙発あそばされて百十二年が経つた。 戦時期間は明治三十七年二月八日より明治三十八年九月五日の一年七カ月間。 靖国神社に祀られた英霊は八八四二九柱。 戦役の結果、ポーツマス条約により北方領土が南樺…

皇居新年一般参賀および靖国神社参拝

雲一つなき青空が広がつた皇都にて、皇居新年一般参賀に参り、畏みて 天皇尊の玉声を賜る。 その後、宮城を後にし靖国神社に詣でる。 磯和典   関連記事 六十八年目の暑い夏 この日は午前十時より、時対協有志で靖国神社昇殿参拝を行つた。…

神光迎来

あらたしき年の初めにかしこみて スメラミクニのいやさか祈る 読者の皆々様に於かれましては今年も何卒宜しくお願ひ申し上げます。 紀元二六七六年 平成二八年 正月     関連記事 神光迎来 あらたしき年の初めにかしこみてス…