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電子記事

紙面では掲載しきれない記事や論文はここに掲載されてゐます

皇道日報「邪教日蓮抹殺の先覚者」昭和十六年十一月二十九日

■日蓮宗が大不敬大叛逆思想の結晶する邪教なる事を看破し、之を排撃し、是れを抹殺せんとせる人々は古今恐らく数百人或いは数千人にのぼるならむ乎。 ■予の知れるは徳川時代に神敵と断ぜし平田篤胤大人あり、又此時代に日蓮の聖地千葉県にもありと今月七月…

【寄稿】神代派は絶対攘夷に挺身せよ 下山陽太

本居宣長大人著作『直毘霊』曰く、『いく万代を経とも、誰しの奴か、大皇(おおきみ)に背き奉む。あなかしこ、御代御代の間に、たまたまも不伏悪穢奴(まつろはぬきたなきやつこ)もあれば、神代の古事のまにまに、大御稜威をかがやかして、たちまちにうち滅…

皇道日報「現代日本臣民の使命如何」昭和十七年四月二十四日

■熟惟ふに、我等日本臣民たる者は 萬世一系なる皇運を扶翼する使命を以て現界たる此世界に生れ出でたるものなる事を痛感する所也。此事や意識すると否とを問はず、日本臣民たるの資格たり、條件たり、又皇御民たるの衿り也、是れなからずんば假令日本に生れ…

【寄稿】皇国史観から神国史観、そして新皇学へ 皇學館大學 下山陽太

皇国史観は神武天皇を肇国の祖とし、神代を忘却してゐる歴史観也。皇国は皇神が作り給ひし、御国であるからこそ、神国と云ふのであり、皇国の歴史は天地開闢からであることは神典を拝察すれば明白である。皇国は神国であるにも関はらず、皇国史観を提唱した学…

【寄稿】神代派の不条理は仏教仏道跋扈也 皇學館大學 下山陽太

平田大壑翁は『この御国自然の風は、今の身の繁昌、子孫の長久を悦び、長寿を願ひ、万事賑々しく、物の盛りなるを好み、勇ましき国風で、かりにも無常を観じ、衰を悦び、寂滅を以て、楽みとするするやうな人は、神の御心として、生れ出ぬわけでござる』と、皇…

参議院選挙が終はり日本の民主主義を考へる

夏の参議院選挙は、世間の噂やマスコミの予想通り自民党の圧勝で終はつた。 共産党の議席数も大幅に増へたが、所詮野党の底辺から這ひ出す事が出来ず、恐るるに足りない政治的無害勢力と断じても良いだらう。 さて、選挙とは民主主義の象徴であることは言ふ…

【寄稿】神代派は仏魔退散を叫び、行動せよ 皇學館大學 下山陽太

神代派は神典根拠で以て行動する云はゞ惟神大道原理主義で在らねばならない。神代派を名乗る以上、仏道の如き汚らはしき教へを信仰すること自体、信仰に於ける敗北を意味する。更に穢らはしき道である仏道は今や、発祥国である天竺でさへもその力を失ひ、東南…

皇道日報「尊皇は絶対なり」昭和十七年四月九日

■「普天の下、卒土の濱、皇臣皇土に非らざるなし 世界悉く 天皇の赤子にして 天皇の國土なり。然るに何をか國防といふや。論者曰く「國防とは國家の独立及び永昌を確保するの謂ひなり、即ち外敵の侵入及び攻撃に対する國家の防衛、國策遂行に対する妨害の…

二二六事件を再考す

今日は二二六事件より七十七年の歳月が経つた。 陸軍の青年将校たちが、憂国の情熱にかられ「蹶起趣意書」を以て所謂クーデターを起こした事は、いまさら説明を要しないところだ。 同情的な側面から見て、当時の世情や軍の上層部の腐敗がそうさせたにせよ、…

神光迎来

謹んで 皇室の弥栄と皆々様の御健勝と 御発展を心よりお祈り申し上げます 紀元二千六百七十三年 平成二十五年 元日 関連記事はありません