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国学発達史

清原貞雄著「国学発達史」考九

第二章 近世国学の先駆 第二節 復古国学の先駆 度会延佳 ●度会延佳は元和の初めに生まれた人で、寛永の頃に於ける外宮唯一の学者である。延佳の神道もやはり五部書以来の伊勢神道を基礎としてゐるが、従来の伊勢神道が頗る仏臭を帯びたものであつたのに…

清原貞雄著「国学発達史」考八

第二章 近世国学の先駆 第二節 復古国学の先駆 水戸学の内容 ●光圀の大日本史編纂を思ひたつた動機については、幕府の本朝通鑑に、 皇室の始祖が呉の太伯の後であるとあるに憤慨したのがそれであると云はれてゐが、それは俗説であり光圀は青年時代から…

清原貞雄著「国学発達史」考七

第二章 近世国学の先駆 第二節 復古国学の先駆 徳川光圀 ●従来の伝統を離れた新研究を示して、荷田春満等の真の先駆者となつたのは下河邊長流および契沖である。その保護者であつた水戸光圀および水戸学を考察しなければならぬ。 ●所謂水戸学は光圀の…

清原貞雄著「国学発達史」考六

第二章 近世国学の先駆 第一節 学問復興の気運 ●明治期を除き学問の最も盛なるは徳川時代で、衰へてゐたのは戦国時代である。それは平和が長く続く事が大きな理由である。その気運は戦国の末にあらはれ、一條兼良が文庫を作り、吉田兼倶が新しい神道をと…

清原貞雄著「国学発達史」考五

第一章 徳川時代以前に於ける国学 第五節 神道 ●神道は本来神社の崇祀に関する習慣的の儀礼であつて一つの道徳教でもなく亦一つの学説でもない。神道が実際問題として研究せされるやうになつたのは徳川時代の復古神道派からである。 ●鎌倉時代から神道…

清原貞雄著「国学発達史」考四

第一章 徳川時代以前に於ける国学 第三節 法制に関する研究 ●日本では 天智天皇の近江令が最初である。それを改正したのは 天武天皇の大宝律令。さらに其れを改正したのが 元正天皇の大宝令である。大宝令は今でも残つてゐる。それらは唐の制度を母法…

清原貞雄著「国学発達史」考 三

第一章 徳川時代以前に於ける国学 第二節 和歌及び国文学の研究  ●日本紀の研究に次いで研究されたのが和歌。それは平安朝以後に起つた。研究対象は万葉集である。次に古今集、散文では源氏物語や伊勢物語。鎌倉時代以降は方法論や優劣論を論づる一つの…

清原貞雄著「国学発達史」考 二

第一章 徳川時代以前に於ける国学 第一節 日本紀講究 ●平安朝初期に紀傳道なるものがあったが、講ずるのは三史(史記・前漢・後漢・漢書)五経・文選等の書であり、日本史を講ずるのは稀であつた。 ●講日本紀※が見えたのは、嵯峨天皇の御世弘仁三年(…

清原貞雄著「国学発達史」考 一

序論 ●国学の名称は主に漢学に対する名称であり、和学・皇学・皇朝学といふべきである。荷田春満大人は「国家の学」と云ふてゐるが、最も適してゐる。 ●漢学が輸入されて以来、学問=支那の学問であつた。自国に於ける研究は平安朝になつてから始まる。そ…