第一六〇〇詔 招魂社を靖國神社と改稱し給へる御祭文(明治十二年六月二十五日)

天皇(すめらみこと)の大命(おほみこと)に坐(ま)せ。此(こ)の廣(ひろ)前(まえ)に式部(しきぶ)助(のすけ)兼(けん)一等(いつとう)掌典(しやうてん)正六位(しやうろくゐ)丸岡(まるおか)莞(くわん)爾(じ)を使(つかひ)と爲(し)て、告(つ)げ給(たま)はくと白(まを)さく。掛(か)け巻(ま)くも畏(かしこ)き畝(うね)火(び)の橿(かし)原宮(はらのみや)に肇國(はつくに)知(しろ)食(しめ)しし 天皇(すめらみこと)(神武天皇)の御代(みよ)より、天(あまつ)日嗣(ひつぎ)高御座(たかみくら)の業(わざ)と知食(しろしめ)し來(く)る食國(をすくに)天下(あめのした)の政(まつりごと)の衰頽(おとろへ)たるを古(いにしへ)に復(かえ)し給(たま)ひ、明治(めいぢ)元年(ぐわんねん)と云(い)ふ年(とし)より以降(このかた)、內外(うちと)の國(くに)の荒(あら)振(ぶる)る寇(あだ)等(ども)を刑罰(こらし)め、不服人(まつろはぬひと)を言和(ことむけやは)給(たま)ふ時(とき)に、汝(いまし)命(みこと)等(たち)の赤(あか)き直(なほ)き眞(ま)心(ごころ)を以(もつ)て、家(いへ)を忘(わす)れ身(み)を擲(なげう)ちて、各(おのおの)も死亡(みまかり)にし其(そ)の大(おほ)き高(たか)き勲功(しさをし)に依(よ)りてし、大(おほ)皇國(すめらみくに)をば安國(やすくに)と知(しろ)食(しめ)す事(こと)ぞと思(おもほ) 食(しめ)すが故(ゆゑ)に、靖國(やすくに)神社(じんじや)と改(あらた)め稱(とな)へ、別格(べつかく)官幣社(くわんぺいしゃ)と定(さだ)め奉(まつ)りて、御幣帛(みてぐら)奉(たてまつ)り齋(いは)ひ奉(まつ)らせ給(たま)ひ、今(いま)より後(のち)彌(いや)遠永(とふなが)に怠(おこた)る事(こと)無(な)く祭(まつ)り給(たま)はむとす。故(かれ)れ是(こ)の狀(さま)を告(つ)げ給(たま)はくと白(まを)し給(たま)ふ天皇(すめらみこと)の大命(おほみこと)を、聞(きこ)食(しめ)せと、恐(かしこ)み恐(かしこ)みも白(まを)す。(「靖國神社誌」)

承詔必謹