第一六二三詔 陸海軍人に下し給へる勅諭(明治十五年一月四日)

我國(わがくに)の軍隊(ぐんたい)は世(よ)々(ゝ)天皇(てんわう)の統率(とうそつ)し給(たま)ふ所(ところ)にそある。昔(むかし)神武(じんむ)天皇(てんわう)躬(み)つから大伴(おほとも)・物部(もののべ)の兵(つはもの)ともを率(ひき)ゐ、中國(なかつくに)のまつろはぬものともを討(う)ち平(たひら)け給(たま)ひ、高御座(たかみくら)に即(つ)かせられて、天下(あめした)しろしめし給(たま)ひしより、二千五百有餘(いうよ)年(ねん)を経(へ)ぬ。此間(このあひだ)、世(よ)の樣(さま)の移(うつ)り換(かは)るに随(したが)ひて、兵制(へいせい)の沿革(えんかく)も亦(また) 屡(しばしば)なりき。古(いにしへ)は天皇(てんわう)躬(み)つから軍隊(ぐんたい)を率(ひき)ゐ給(たま)ふ御制(おんおきて)にて、時(とき)ありては皇后(くわうごう)・皇太子(くわうたいし)の代(かは)らせ給(たま)ふこともありつれと、大凡(おほよそ)兵權(へいけん)を臣下(しんか)に委(ゆだ)ね給(たま)ふことはなかりき。中世(なかつよ)に至(いた)りて、文武(ぶんぶ)の制(せい)度(ど)皆(みな)唐國風(からくにふう)に倣(なら)はせ給(たま)ひ、六(ろく)衛府(ゑふ)を置(お)き、左右(さう)馬寮(めりやう)を建(た)て、防人(さきもり)なと設(まう)けられしかには、兵制(へいせい)は整(ととの)ひたれとも、打續(うちつづ)ける昇(しよう)平(へい)に狃(な)れて、朝廷(てうてい)の政務(せいむ)も漸(やうやく)文弱(ぶんじやく)に流(なが)れけれは、兵農(へいのう)おのつから二(ふた)に分(わか)れ、古(いにしへ)の徴兵(ちようへい)はいつとなく壯兵(さうへい)の姿(すがた)に變(かは)り、遂(つひ)に武士(ぶし)となり、兵(へい)馬(ば)の権(けん)は一向(ひたすら)に其(その)武士(ぶし)ともの棟梁(とうりやう)たる者(もの)に歸(き)し、世(よ)の亂(みだれ)と共(とも)に政治(せいぢ)の大權(たいけん)も亦(また)其手(それて)に落(お)ち、凡(およ)七百年の間(あひだ)武家(ぶけ)の政治(せいぢ)とはなりぬ。世(よ)の樣(さま)の移(うつ)り換(かは)りて斯(かく)なれるは、人力(ひとのちから)もて挽回(ひきかへ)すへきにあらずとはいひなから、且(かつ)は我國體(わがこくたい)に戻(もと)り、且(かつ)は我(わが)祖宗(そそう)の御制(おんおきて)に背(そむ)き奉(たてまつ)り、淺(あさ)間(ま)しき次第(しだい)なりき。降(くだ)りて弘化(こうくわ)・嘉(か)永(えい)の頃(ころ)より、德(とく)川(がは)の幕(ばく)府(ふ)其(その)政衰(まつりごとおとろ)へ、剰(あまつさへ)外國(ぐわいこくこく)の事(こと)とも起(おこ)りて、其(その)侮(あなどり)をも受(う)けぬへき勢(いきほひ)に迫(せま)りけれは、朕(ちん)か皇祖(おほぢのみこと)仁(にん)孝(かう)天皇(てんわう)、皇考(ちちのみこと) 孝(かう)明天皇(めいてんわう)いたく宸襟(しんきん)を悩(なやま)し給(たま)ひしこそ忝(かたじけな)くも又(また)惶(かしこ)けれ。然(しか)るに、朕(ちん)幼(いとけな)くして天津(あまつ)日(ひ)詞(つぎ)を受(う)けし初(はじめ)、 征夷(せいい)大將軍(たいしやうぐん)其(その)政權(せいけん)を返(へん)上(じやう)し、大名(だいみやう)小名(せいみやう)其(その)版籍(はんせき)を奉(ほう)還(くわん)し、年(とし)を經(へ)すして海内(かいだい)一統(いつとう)の世(よ)となり、古(いにしへ)の制度(せいど)に復(ふく)しぬ。是(これ)文武(ぶんぶ)の忠臣(ちゆうしん)良(りやう)弼(ひつ)ありて、朕(ちん)を輔(ほ)翼(よく)せる功績(いさを)なり。 歴世(れきせい)祖宗(そそう)の専(もはら)蒼生(さうせい)を憐(あはれ)み給(たま)ひし御遺(ごゆゐ)澤(たく)なりといへとも、併(しかしながら)我(わが)臣民(しんみん)の其(その)心(こころ)に順逆(じゆんぎやく)の理(ことわり)を辨(わきま)へ、大義(たいぎ)の重(おも)きを知(し)れるか故(ゆゑ)にこそあれ。されは此(この)時(とき)に於(おい)て兵制(へいせい)を更(あらた)め、我國(わがくに)の光(ひかり)を輝(かがやか)さんと思(おも)ひ、此(この)十五年か程(ほど)に陸(りく)海軍(かいぐん)の制(せい)をは今(いま)の様(さま)に建(だて)定(さだ)めぬ。夫(それ)兵馬(へいば)の大權(たいけん)は朕(ちん)か統(す)ふる所(ところ)なれは、其(その)司(つかさ)々(ゞ)をこそ臣下(しんか)には任(まか)すなれ、其(その)大網(たいかう)は朕(ちん)親(みづから)之(これ)を攬(と)り、肯(あへ)て臣下(しんか)に委(ゆだ)ぬへ.きものにあらす。子々(しし)孫々(そんそん)に至(いた)るまて篤(あつ)く斯(この)旨(むね)を傳(つた)へ、天子(てんし)は文武(ぶんぶ)の大権(たいけん)を掌握(しやうあく)するの義(ぎ)を存(ぞん)して、再(ふたたび)中世(ちゆうせい)以降(いこう)の如(ごと)き失體(しつたい)なからんことを望(のぞ)むなり。朕(ちん)は、汝(なんぢ)等(ら)軍人(ぐんじん)の大元帥(だいげんすゐ)なるそ。されは、朕(ちん)は汝(なんぢ)等(ら)を股肱(ここう)と頼(たの)み、汝(なんぢ)等(ら)は朕(ちん)を頭首(とうしゆ)と仰(あお)ぎてそ、其(その)親(したしみ)は特(とく)に深(ふか)かるへき。朕(ちん)か國(こく)家(か)を保護(ほご)して、上(しやう)天(てん)の惠(めぐみ)に應(おう)し、祖宗(そそう)の恩(おん)に報(むく)いまゐらする事(こと)を得(う)るも得(え)さるも、汝(なんぢ)等(ら)軍人(ぐんじん)か、其(その)職(しよく)を盡(つく)すと盡(つく)さゝるとに由(よ)るそかし。我國(わがくに)の稜威(みいづ)振(ふる)はさることあらは、汝(なんぢ)等(ら)能(よ)く朕(ちん)と其(その)憂(うれひ)を共(とも)にせよ。我(わが)武(ぶ)維(これ)揚(あが)りて其(その)榮(えい)を耀(かがやか)さは、朕(ちん)汝(なんぢ)等(ら)と其(その)譽(ほまれ)を偕(とも)にすへし。汝(なんぢ)等(ら)皆(みな)其(その)職(しよく)を守(まも)り、朕(ちん)と一心(ひとつこころ)になりて、力(ちから)を國(こく)家(か)の保護(はうご)に盡(つく)さは、我國(わがくに)の蒼生(さうせい)は永(なが)く太平(たいへい)の福(さいはひ)を受(う)け、我國(わがくに)の威烈(ゐれつ)は大(おほい)に世界(せかい)の光華(くわうくわ)ともなりぬへし。朕(ちん)斯(かく)も深(ふか)く汝(なんぢ)等(ら)軍人(ぐんじん)に望(のぞ)むなれは、猶(なほ)訓(をしへ)諭(さと)すへき事(ごと)こそあれ、いてや之(これ)を左(さ)に述(の)へむ。

一 軍人(ぐんじん)は忠節(ちゆうせつ)を盡(つく)すを本分(ほんぶん)とすへし。凡(およそ)生(せい)を我國(わがくに)に稟(う)くるもの、誰(たれ)かは國(くに)に報(むく)ゆるの心(こころ)なかるへき。況(ま)して軍人(ぐんじん)たらん者(もの)は、此(この)心(こころ)の固(かた)からては物(もの)の用(いよう)に立(た)ち得(う)へしとも思(おも)はれす。軍人(ぐんじん)にして報國(はうこく)の心(こころ)堅固(けんご)ならさるは、如何(いか)程(ほど)技藝(ぎげい)に熟(じゆく)し、學術(がくじゆつ)に長(ちやう)するも猶(なほ)偶人(ぐうじん)にひとしかるへし。其(その)隊伍(たいご)も整(ととの)ひ節制(せつせい)も正(ただ)くとも、忠節(ちゆうせつ)を存(ぞん)せさる軍隊(ぐんたい)は、事(こと)に臨(のぞ)みて烏合(うがふ)の衆(しゆう)に同(おなじ)かるへし。 抑(そもそも)國家(こくか)を保護(はうご)し國(こく)権(けん)を維(ゆゐ)持(ぢ)するは兵力(へいりよく)に在(あ)れは、兵力(へいりょよく)の消長(せいちやう)は、是(これ)國(こく)運(うん)の盛衰(せいすゐ)なることを辨(わきま)へ、世論(せいろん)に惑(まど)はす政治(せいぢ)に拘(かかは)らす、只々(ただただ)、一途(いちづ)に己(おのれ)が本分(ほんぶん)の忠節(ちゆうせつ)を守(まも)り、義(ぎ)は山(さん)嶽(がく)よりも重(おも)く、死(し)は鴻毛(こうもう)よりも輕(かろ)しと覺(かく)悟(ご)せよ。其(その)操(みさを)を破(やぶ)りて不覺(ふかく)を取(と)り、汚名(をめい)を受(う)くるなかれ。

一 軍人(ぐんじん)は禮(れい)儀(ぎ)を正(ただし)くすへし。凡(およそ)軍人(ぐんじん)には上元帥(かみげんすゐ)より下一卒(しもいつそつ)に至(いた)るまで、其(その)閒(あひだ)に官職(くわんしよく)の階級(かいきふ)ありて統屬(とうぞく)するのみならす、同列(どうれつ)同級(どうきふ)とても停年(ていねん)に新舊(しんきふ)あれは、新任(しんにん)の者(もの)は舊(きう)任(にん)のものに服從(ふくじう)すへきものそ。下級(かきふ)のものは上官(じやうくわん)の命(めい)を承(うけたまは)ること、實(じつ)は直(ただち)に朕(ちん)か命(めい)を承(うけたまは)る義(ぎ)なりと心得(こころえ)よ。己(おのれ)か隷屬(れいぞく)する所(ところ)にあらすとも、上級(じやうきふ)の者(もの)は勿論(もちろん)、停年(ていねん)の己(おのれ)より舊(ふる)きものに對(たい)しては、總(す)べて敬禮(けいれい)を盡(つく)すへし。又(また)上級(じやうきふ)の者(もの)は、下級(かきふ)のものに向(むか)ひ、聊(いさゝか)も輕侮(けいぶ)驕傲(けうがう)の振舞(ふるまひ)あるへからす。公務(こうむ)の為(ため)に威厳(ゐげん)を主(しゆ)とする時(とき)は格別(かくべつ)なれとも、其(その)外(ほか)は、務(つと)めて懇(ねんごろ)に取扱(とりあつか)ひ、慈愛(じあい)を専一(せんいち)と心掛(こころが)け、上下(しやうか)一致(いつち)して王事(わうじ)に勤(きん)労(らう)せよ。若(も)し軍人(ぐんじん)たるものにして、禮(れい)儀(ぎ)を妄(みだ)り、上(かみ)を敬(うやま)はす、下(しも)を惠(めぐ)ますして、一致(いつち)の和諧(くわかい)を失(うしな)ひたらんには、啻(ただ)に軍隊(ぐんたい)の蠧毒(とどく)たるのみかは、國家(こくか)の爲(ため)にもゆるし難(がた)き罪人(ざいにん)なるへし。

一 軍人(ぐんじん)は武勇(ぶゆう)を尚(たふと)ふへし。夫(それ)武勇(ぶゆう)は我國(わがくに)にては、古(いにしへ)よりいとも貴(たふと)へる所(ところ)なれは、我國(わがくに)の臣民(しんみん)たらんもの、武勇(ぶゆう)なくては叶(かな)ふまし。況(ま)して、軍人(ぐんじん)は戰(たたかひ)に臨(のぞ)み敵(てき)に當(あた)るの職(しよく)なれは、片時(かたとき)も武勇(ぶゆう)を忘(わす)れてよかるへきか。さはあれ、武勇(ぶゆう)には大勇(たいゆう)あり小勇(せいゆう)ありて同(おなじ)からす。血氣(けつき)にはやり粗暴(そばう)の振舞(ふるまひ)なとせんは、武勇(ぶゆう)とは謂(い)ひ難(がた)し。軍人(ぐんじん)たらむものは、常(つね)に能(よ)く義理(ぎり)を辨(わきま)へ、能(よ)く膽(たん)力(りよく)を練(ね)り、思慮(しりよ)を殫(つく)して事(こと)を謀(はか)るへし。小敵(せうてき)たりとも侮(あなど)らす、大敵(たいてき)ありとも懼(おそ)れす、己(おのれ)か武(ぶ)職(しよく)を盡(つく)さむこそ誠(まこと)の大勇(たいゆう)にはあれ。されは、武勇(ぶゆう)を尚(たふと)ふものは、常々(つねづね)人(ひと)に接(まじは)るには溫(おんく)和(わ)を第一(だいいち)とし、諸人(しよにん)の愛敬(あいけい)を得(え)むと心掛(こころが)けよ。由(よし)なき勇(ゆう)を好(この)みて猛威(まうゐ)を振(ふる)ひたらは、果(はて)は世人(よのひと)も忌(いみ)嫌(きら)ひて豺(さい)狼(らう)なとの如(ごと)く思(おも)ひなむ。心(こころ)すへきことにこそ。

一 軍人(ぐんじん)は信義(しんぎ)を重(おも)んすへし。凡(およそ)信義(しんぎ)を守(まも)ること常(つね)の道(みち)にはあれと、わきて軍人(ぐんじん)は、信義(しんぎ)なくては一日(いちにち)も隊伍(たいご)の中(うち)に交(まじ)りてあらんこと難(かた)かるへし。信(しん)とは己(おのれ)か言(こと)を踐(ふみ)行(おこな) ひ、義(ぎ)とは己(おのれ)か分(ぶん)を盡(つく)すをいふなり。これは、信義(しんぎ)を盡(つく)さむと思(おも)はゝ、始(はじめ)より其(その)事(こと)の成(な)し得(う)へきか得(う)へからさるかを審(つまびらか)に思考(しかう)すべし。朧氣(おぼろけ)なる事(こと)を假(かり)初(そめ)に諾(うべな)ひて、 よしなき關係(くわんけい)を結(むす)ひ、後(のち)に至(いた)りて信義(しんぎ)を立(た)てんとすれは進退(しんたい)谷(きはま)りて身(み)の措(お)き所(ところ)に苦(くるし)むことあり、悔(く)ゆとも其(その)詮(せん)なし。始(はじめ)に能(よく)々(よく)事(こと)の順逆(じゆんぎやく)を辨(わきま)へ理非(りひ)を考(かんが)へ、其(その)言(こと)は 所詮(しよせん)踐(ふ)むへからすと知(し)り、其(その)義(ぎ)はとても守(まも)るへからすと悟(さと)りなは、速(すみやか)に止(とどま)るこそよけれ。古(いにしへ)より、或(ある)は小節(せうせつ)の信義(しんぎ)を立(た)てんとて、大綱(たいかう)の順逆(じゆんぎやく)を誤(あやま)り、或(ある)は公道(こうだう)の理非(りひ)に踏迷(ふみまよ)ひて私情(しじやう)の信義(しんぎ)を守(まも)り、あたら英雄(えいいう)豪傑(がうけつ)ともか禍(わざわひ)に遭(あ)ひ、身(み)を滅(ほろぼ)し屍(しかばね)の上(うへ)の汚名(をめい)を後世(のちのよ)まて遺(のこ)せること其例尠(そのれいすくな)からぬものを、深(ふか)く警(いまし)めてやはあるヘき。

一軍人(ぐんじん)は質素(しつそ)を旨(むね)とすへし。凡(およそ)質素(しつそ)を旨(むね)とせされは、文弱(ぶんじやく)に流(なが)れ軽薄(けいはく)に趨(はし)り、驕奢(けいしや)華靡(くわび)の風(ふう)を好(この)み、逐(つひ)には貪汚(たいいを)に陥(おちい)りて志(こころざし)も無下(むげ)に賤(いやし)くなり、節操(せつさう)も武勇(ぶゆう)も其(その)甲斐(かい)なく、世人(よのひと)に爪(つま)はしきせらるゝ迄(まで)に至(いた)りぬへし。其(その)身(み)生涯(しやうがい)の不幸(ふこう)なりといふも中(なか)々(なか)愚(おろか)なり。此(この)風(ふう)一(ひと)たび軍人(ぐんじん)の間(あひだ)に起(おこ)りては、彼(か)の傳(でん)染病(せんびやう)の如(ごと)く蔓延(まんえん)し、士風(しふう)る兵氣(へいき)も頓(とみ)に衰(おとろ)へぬへきこと明(あきらか)なり。朕(ちん)深(ぶか)く之(これ)を懼(おそ)れて、曩(さき)に免黜(めんちゆつ)條例(でうれい)を施行(しかう)し、略(ほゞ)此事(このこと)を誡(いまし)め置(お)きつれと、猶(なほ)も其(その)惡習(あくしふ)の出(いで)んことを憂(うれ)ひて心安(こころやす)からねは、故(ことさら)に又之(またこれ)を訓(をし) ふるそかし。汝(なんぢ)等(ら)軍人(ぐんじん)、ゆめ此(この)訓誡(をしへ)を等閑(なほざり)にな思(おも)ひそ。

右(みぎ)の五(ご)ケ條(でう)は、軍人(ぐんじん)たらんもの暫(しばし)も忽(ゆるがせ)にすへからす。さて、之(これ)を行(おこな)はんには、一(ひとつ)の誠心(まごころ)こそ大切(たいせつ)なれ。 抑(そもそも)此(この)五(ご)ケ條(でう)は、我(わが)軍人(ぐんじん)の精神(せいしん)にして、一(ひちつ)の誠心(まごころ)は又(また)五(ご)ケ條(でう)の精神(せいしん)なり。心(こころ)誠(まこと)ならされは、如何(いか)なる嘉(か)言(げん)も善行(ぜんかう)も皆(みな)うはへの装飾(かざり)にて、何(なん)の用(いよう)にかは立(た)つへき。心(こころ)たに誠(まこと)あれは何事(なにごと)も成(な)るものそかし。況(ま)してや此(この)五(ご)ケ條(でう)は、天地(てんち)の公道(こうだう)、人倫(じんりん)の常經(じやうけい)なり。行(おこな)ひ易(やす)く守(まも)り易(やす)し。汝(なんぢ)等(ら)軍人(ぐんじん)、能(よ)く朕(ちん)か訓(をしへ)に遵(したが)ひて此(この)道(みち)を守(まも)り行(おこな)ひ、國(くに)に報(むく)ゆるの務(つとめ)を盡(つく)さは、日本(にほん)國(こく)の蒼生(さうせい)舉(こぞ)りて之(これ)を悦(よろこ)ひなん。朕(ちん)一人(ひとり)の懌(よろこび)のみならんや。(「法規分類大全」)

承詔必謹