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【現代訳】古道大意上巻その一⑤

上巻その二②続

神代の神神

それはまづ、世界はたいそう広く大きく、国も勿論たくさんあります。その中で我が国ばかりを「神国」であるといふことは、うぬぼれに聞こへますけれども、先に言つたやうに万国の公論で、それに違ひないと言ふ証拠を今ここで詳しく申しませう。

先づもつて世の初め、神神からの言ひ伝へに、この天地が無い事は、元より申すに及びませんが、日月も何も無く、ただ虚空といつて大空ばかりでしたが、その大虚空といふものは、更に更に果てしなく大きくて、実は言葉では何とも言ひやうがなく、限りない事です。その限り無い大虚空の中に、 アメノミナカヌシノカミと申す神が居はします。次に タカミムスビノカミ、また カミムスビノカミと申し上げる二柱の、いとも奇く不思議な神様があらせられたのです。

さてこの二柱の ムスビノカミのその奇しく神妙なる御徳によつて、その果てし無く限り無い大虚空の中へ、その形状が言ふに言はれぬ「一つの物」がまづ生じて、その「一つの物」が何も無い虚空の中に漂つてゐる様子が、例へていふならば雲が繋がるところがなく、浮いてゐるやうであつたといふ事です。

ところがその「一つの物」から「葦の芽」のやうに、角が出てきて上つたものがあります。アシカガビコと言ふのは「葦の芽」といふことで、即ちその立ち上つた形が「葦の芽」が吹き出すやうであつたため、このやうに申し伝へたものです。さてその上つた物の様子はどんな物だといへば、これはどんな物であつたといふ言ひ伝へがないもので例へられないことですが、試しに申せば、清く澄み明らかなものです。なぜそのやうに申すかと言へば、これが即ち、後に「日」となつたもので、後に 天照大御神として、そのお体のお光りが透徹されて、目の前に、「天ツ日」と拝み奉るをもつて知ることが出来るのです。さて、この物が萌え上がり、昇るほどに、上に上つて、したたかに広く大きくなる。たとへば山から雲の湧き出る時は細かく、いわば葦の芽が芽吹くともいふやうに見へること、上にあがつて限りなく広くなるやうなものです。我が国の古、即ち神代に「天ツ国」とも、「高天原」とも申し、またただ「天」とばかり申したものです。これらの訳は、この次のところで申すとよく分かりますから、それまでお待ちいただきたい。

さて、始め「葦の芽」のように萌え上がつたときに、それによつてお生まれになつた神様があります。 ウマシアシカガビコノカミと申し上げます。またその萌え上がつて天となり上の所でお出来になつた神の御名を、 アメノトコタチノカミと申し上げます。さてかの元の所、即ち「葦の芽」のように萌え上がつて、天となりましたものの、根となつてゐる所より、下へ垂れ下がつたものがあります。これによつて御出来なされた神の御名を クニノトコタチノカミと申します。それに追ひすがつて御出来あそばした神の御名を トヨクニヌシノカミと申します。この垂れ下がつたものが後に切り離れて「月」となるのです。

また、上にあるでもなく下にあるでもなく、その元のところへ、始めてお生まれになつたのが ウエジニノカミと申す男神と、 スヒジニノカミと申す女神が御出来なされました。その次を ツヌグイノカミ、 イグヒノカミと申します。その次を オオトノジノカミ、 オオトノベノカミと申し、その次を オモダルノカミ、カシコネノカミと申します。この次が人々がよく知つてゐる イザナギノカミと イザナミノカミがお生まれになつたのです。

さて始めに申した アメノミナカヌシノカミより以下、この イザナギ、 イザナミノカミまで、十七神の御名に、ことごとく深い訳があるのです。これをよく心得ておきますと、その神神それぞれの神妙なる道理もよく分かるのです。たゞその道を駆け足で通るがために、これは別途に詳しく述べるつもりです。たゞしこのうち ミムスビノカミ(皇産霊神)の御名の意義だけは、今、必ず心得ねばならない訳がありますので、これをひと通り申し上げます。

ムスビノカミ

それはまず、そのやうな虚空の中へ、始めに「一つの物」が出来ました。その中より「葦の芽」のやうに萌え上がつて、天となつたことも、神神がお生まれになつたのも、この後 イザナギ、 イザナミノカミの、御国を御生みかためなされて、月日の神を始め、諸々の神神がお生まれになつて、各々がそれぞれに主宰なされてをられますけれども、その元はみな ミムスビノカミ(皇産霊神)の御徳によつてなのです。それがどうして分かるのかといへば、その訳が御名の上に備てはつてゐるのです。それはまず、タカ(高)といふのも、カミ(神)いふのも、ミ(御)と言つて、この神の御徳をたいへんに誉めたたへたものです。

また、ムス(産)と言ふのは、産するといふ字、また生ずるといふ字といふ意味で、物を生ずる、造り出すといふことです。古歌に「我が君は千代に八千代に さざれ石の  巌となりて 苔のむすまで」と言ふのは、苔の生えるまでといふことで、それと同じ詞であります。また今の世にも、ムスコ、ムスメなどといふのも、即ち、我から生じた子どもと言ふ意味であり、神代の古言が残つてゐるのです。又ムスビのビは、奇々妙々であつて、言ふに言はれない、測りも知れない尊いことをいふ古言であつて、この世をお照らしになる太陽を日と言ふのも、よくよく見れば見るほど、不思議で尊く、奇々妙々なものであるため、日とは言ふのです。 ムスビノカミは天地さえ、お造りあそばす程の、奇々妙々な御神徳を具へてをられる神さまであるからこそ、日といふ言葉でもつて申し上げたのです。

御名の意味を簡単に申せば、天という高い所においでになって、世に有りとあらゆる事物を生じさせる、奇々妙々に尊い神と申すのです。又御名の上で知るばかりでなく、それは徐々に分かりますが、 イザナギ、 イザナミの二柱の神へ、アメノヌホコ(天ノ沼矛)といふ、御矛を下されて、「この漂える国を造り固めよ」と仰せられて御下しなされたのを始めとして、世の中の諸事を主宰なされる訳が、神代の事実の上で明らかに見えてゐるのです。また事実に見えてあるばかりでなく、 神武天皇より二十四代に当たる、 顕宗天皇の御代の三年春二月に、日の神、また月の神が人に託されて、アヘノオミコトシロと言ふ人へ、お諭しなされるには、「我がミオヤの タカミムスビノカミは、天地さえ造つたご功績があるので、神領の民地を差し上げられよ。もしその通り差し上げられたならば、我は幸を守らう」とお諭しになされたのです。これによつて神領の民地を差し上げられ、それ仰せつけられて、御祭りあそばし、またその神社を御建てあそばしたなどの、確かなことなどもあるのです。

さてこの時の、日の神、月の神のお諭し言葉に、 タカミムスビノカミを我が御オヤと仰せられましたが、この御オヤと申すのは、簡単に申せば、ご先祖さまのことです。いつたい日の神、月の神は、 イザナギノカミの御子におはしながら、 タカミムスビノカミを我が先祖と仰せられるのはどうした訳なのかといへば、諸々の神神をお生みなされましたが、元を正せば、皆この タカミムスビ、カミムスビノカミのムスビの御霊に依らないものはないのです。そのために、日の神、月の神様でさえ ムスビノカミ様を、我が御オヤと仰せられたのです。既に神代の巻には ムスビノカミ様に、御子が千五百座居られましたといふ事があります。チイホというのは千五百と書いてありますけれども、千五百に限つた事ではありません。これはただ数の限りなく多い事を、古言にはチイホ(千五百)とかヤオヨロズ(八百万)とかいふ例で、あらゆる神たちを、皆この御神の御子だと申しても、実はよろしいやうなものです。その訳は神も人も、皆この御神の産み御生じなされる、奇々妙々なる御神徳によつて出来るからなのです。

「拾遺集」とは、三代集の一つで、朝廷の御撰集なのですが、その中に、「君見れば ムスビの神ぞうらめしき つれなき人を なぜつくりけん」と言ふ歌があります。この歌の意味は、君は情けない人だ、情けなくされる君を見るたびに、ムスビの神様が恨めしく存じます。なぜこのやうなつれない人を、御生み出しなされたのかと、しみじみと考へます。といふ意味です。これは元々恋の歌であるけれども、この時までは、この神様の御徳を、世間の人もよく覚えてゐたため、このやうな歌を詠んだのです。

ミムスビノカミと申す御名の訳や、神代の古事をなされた事実の上に、何事も基本は、皆この二柱のムスビの神妙なる御霊によるいわれが、明らかに見えました。月の神、日の神がお諭しで言ふには、我が御オヤの

タカミムスビノカミは、天地をお造りなされたご功績があります。確かに御聡しなされた事などで、この神の御徳のありがたい事も、実に天におられて、世の中を主宰しておられる訳もよく分かるのです。

さて、これ程にもよく道理の見えていることでも、唐(シナ)やインドの学問を、悪くし損なつた学者や、又は学問がなくても、生半可に生まれついた輩などは、その己が生まれ出たことも、直ちにこの御神の

ムスビノカミの御霊によって出来た物であることをわきまへず、なおしつこく疑はしく思つて、それはこの国だけの昔話で、本当にさうなのか、信じられないなどと思ふものです。そのような輩には、まだ申し聞かすことがあるのです。なんと我が国ばかりでなく、諸々の外国に子供が生まれるのも、又悪いながらも国らしくなり、物のできるのも、皆この神の御霊によることで、その証拠には、その国々に各々その伝へがあるのです。それはまず唐の古伝説に、この神の御事を、上帝とも天帝とも、あるいは皇帝と名づけて、その神が天上におられて、世を主宰し、人もその御霊によつて生じ、また人の性に、仁義礼智というような、誠の心を具へてゐるのも、みなこの上帝のなされることだといふ伝へが、このやうに伝はつてゐるのです。

これは唐の書物でも、古くは、「詩経、書経、論語」などといふものをよく眼を開いて見るとよく分かるのです。但し唐は、小ざかしい国柄ですから、それをおかしく例へ話のやうに、曲がつた説もあるけれど、そのことは先年に「鬼神神論」という書を著して詳細に論じておきました。またインドの古伝説に、

ムスビノカミの御事を「大梵自在天王」と称し、また「梵天王」とも言ひ伝へ、これもその神が「タウリ天」と言い、至つて高い天上においでになり、世の中を主宰してをります。もつとも天地も人間万物も、みなこの神の造つたもので、この神ほど尊い神はありませんと、上古から言ひ伝へてゐるのです。続く