【8/14】第一〇七七回時対協定例会

十四日夕刻より新橋にて第一〇七七回時対協定例会が開催された。 議題は「幕末の志士」について(議題提供:城南地区)   関連記事 【6/7】第一〇七五回時対協定例会 七日夕刻より第一〇七五回時対協定例会が開催された。 議題は「科学と…

第一三八五詔 淸國皇帝への國書(明治四年五月)

第一三八五詔 淸國皇帝への國書 大日本國天皇、敬テ大清國皇帝ニ白ス。方今、寰宇(註一)ノ間、交際日日盛ナリ。我邦旣二泰西(註二)諸國ト信ラ通シテ往來セリ。況ンヤ隣近貴國ノ如キ、固リ宜シク親善ノ禮ヲ修ムヘキナリ。而シテ未タ使幣ヲ通シ、和好ヲ結…

第一三八一詔 祭式を古式に復し春季御祭典を擧げ給ふの宣命(明治四年二月二十八日)

第一三八一詔 祭式を古式に復し春季御祭典を擧げ給ふの宣命 天皇の大命に坐せ。掛けまくも恐き八柱の大神、天神地祇、八百萬神、御代御代の天皇、都(すべ)て三所の大前に、從四位行侍従藤原朝臣資生を使として白し給はくと白さく。新き代の茂(いか)し御…

【8/1】「清國ニ対スル宣戦ノ詔勅」渙発あそばされて百二十四年

本日は「清国ニ対スル宣戦ノ詔勅」渙発あそばされて百二十四年が経つ。所謂「日清戦争」である。 靖国神社に祀られし英霊は一三,三〇九柱この戦役の結果、台湾が大日本帝国となる。戦闘は明治二十七年二十八日月から明治二十八年三月まで。 清国ニ対スル宣…

第一三六八詔 惟神の大道を宣揚し給ふの詔(明治三年正月三日)

※王政復古の大号令渙発百五十周年を迎へ明治以降の詔を謹み敬ひてここに記す。 惟神の大道を宣揚し給ふの詔 朕恭(うやうや)しく惟みるに、天神·天祖極に立ち統を垂れ列皇相承け之を繼ぎ之を述べたまへり。祭政一致、億兆同心、治敎上に明芒して、風俗下…

第一三五八詔 王政復古の功臣に賜はりたる詔(明治二年九月二十六日)

第一三五八詔 王政復古の功臣に賜はりたる詔 朕惟ふに、皇道復古、朝憲(※註一)維新は、一に汝有衆の力に資る。朕,切に之を嘉奬(※註二)す。 乃ち頒賜(※註三)して、以て有功に酬ゆ。汝有衆、勗哉(つとめよや)。明治二年九月二十六日「太政官日誌…

【6/24】岡山縣護國神社清掃奉仕の集ひ

六月二十四日日曜日午前十一時より 總勢十名が集まり晴天の中、 岡山縣護國神社の清掃を執り行つた。 関連記事 岡山縣護國神社清掃奉仕の集ひ【12/23】 天長節の佳き日に「岡山縣護國神社清掃奉仕の集ひ」をその名の通り清掃奉仕実施致しました。 …

第一三五七詔 東北鎭定の功を賞し給へる詔(明治二年九月十四日)

第一三五七詔 東北鎭定の功を賞し給へる詔 流賊の鴟張(※註一)に方り、汝有衆節を建て威を宣べ、艱苦盡瘁(※註二)、克く北疆(註三)を靖んず。朕之 を嘉獎す。乃ち頒賜して以て有功に酬ゆ。汝有衆、懋哉(つとめよや)。明治二年九月十四日 ※註一 …

【7/5】第一〇七六回時対協定例会

五日夕刻より第一〇七六回時対協定例会が開催された。 議題は「神武不殺、言向け和す」について(議題提供:城西地区)   関連記事 【6/7】第一〇七五回時対協定例会 七日夕刻より第一〇七五回時対協定例会が開催された。 議題は「科学と…

第一三四九詔 公選ノ法ヲ設ケ三職ヲ登庸スルノ詔(明治二年五月十三日)

※王政復古の大号令渙発百五十周年を迎へ明治以降の詔を謹み敬ひてここに記す。 公選ノ法ヲ設ケ三職ヲ登庸スルノ詔 朕惟フニ治亂安危ノ本ハ任用其人ヲ得ト不得トニアリ故ニ今敬テ 列祖ノ霊ニ告テ公選ノ法ヲ設ケ更ニ輔相議定参与ヲ登庸ス 神靈降鑑過ナカラ…