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【現代訳】古道大意上巻その一⑥

上巻その二②続

『インドの古伝説』よりはるか後の世に、釈迦といふ人が出て、仏道といふことを、己の心をもつて作り始め、神通といつて、その実は幻術なのですが、その幻術をもつて人を惑わし、その「梵天王」「帝釈天」のやうな事ではなく、それを供に連れるほどの、大変に尊い仏といふのがあると言つて、大それた妄説を広めたのです。

インドでは、昔から博識な坊主もいくらか出たものではありますが、釈迦の妄説に目がくらんで、この訳を言った者は一人もゐないのです。これらの仔細は仏道の講説で申し上げるつもりです。

またインドよりはるか西の方にも、多くの国があつて、その国々にもそれゞゝに、天ツ神の天地を始め、人や万物をも御造りなされたといふ伝へがそれゞゝにあります。これもオランダの書物を見るとよく分かるのです。

なんとこの通り、世界中が言ひ合はせたやうに、天ツ神が天におはして、万物を産みなされたといふ言ひ伝えが、横訛りながらあることを考へ合はせますと、我が国の古伝説との比べると縁があることが分かります。

そのやうに世の中には神々は大変に多くおいでになり、この御神はその大本にましまして、特別に尊くおはします。そのムスビノカミの御徳は、申し上げるのも今更ながら、数ある中でも仰ぎ奉るべき、崇め奉るべき神様なのです。

そのために 神武天皇の御代に 天皇が自ら鳥見の山中に、祭りの場をお立てあそばして、御祭りなされ、また八柱の神々を朝廷の御守り神と御祭りなされましたが、その第一に、このミムスビの二柱を御祭りなされ、次ぎに

タマツメムスビノカミ、次ぎに

イクムスビノカミ、次ぎに

タルムスビノカミ、この外は

オオミヤノメノカミ、

ミケツカミ、

コトシロヌシノカミ、以上八柱です。即ち「神祇官の八柱」と申し上げるのです。この中にも、

タマツメムスビ、

イクムスビ、

タルムスビの三柱は

イザナギノオオカミの司命の御霊の神でおはしますから、別に詳しく考へ置いたものです。

さてこれほどまでにもムスビノカミを重く御祭りなされ、また右に申す通り、シナ、インド、黒人の国々でさえ、この神の御徳を第一と崇め奉りますのに、その神国に生まれ、神の末裔である我が国の人がよくわきまへて、身を清め奉ろうとしないのは、余りにけしからないことで、余りにも勿体なく、畏れ多い限りです。

とは申しますものの、世の人が皆、古の学問をするものでもありませんから、世の人が足りないのではなく、今までの代々の学者が、理由なくシナを曳きづり、佛教の小ざかしさに惑はされ、この神の御徳に気づかず、不勉強で、この神の御徳を世に説き聞かせなかつたためです。

ただし、その生半可な学者どもは、よく世の中の人の言ふことに、これは御天道様がなされる事だの、或いはお天道様がこの方を、このようにお生みなされたと言つてゐますが、その天道さまと言ふのは、何の事かも知らないで申してゐるのです。これは古には、この神の御徳をよく理解してゐて、あの『拾遺集』の歌に

「君見れば

ムスビノカミぞ 恨めしき つれなき人を  なぜ造りけん」

と言つた趣旨の、言葉と心が残つてゐるのです。

何はともあれ、この神の尊びあがめ奉るべきいはれを聞かないうちは仕方がありませんが、このやうに聞いて、なるほどと思つたならば、あがめ奉るのがよろしいのです。なぜと申せば、これはくどいやうですが、天地をさえ御造りあそばし、また全てのことを司られ、諸々の神々も、この恩徳によつてお生まれなされたものです。

天地のあらん限りどころではなく、未だ天地がなかつた以前より、おはしましましたことを見れば、たとへ天地が如何になりますとも、世に果てしなくおいでになつて、幸ひを恵給い、釈迦も孔子も、ネコも杓子もみなこの

ムスビノカミの妙なる御霊によつて、生れ出たことですから、基本を忘れてはならないといふ、誠の道をたどるのです。

シナ(唐)のやうに、古伝説の確かではない民族ですら、孔子などは「罪を天に獲れば、祈る所なし」と言ひましたが、この意味は天帝即ち天ツ神の御咎めを得ては、外に祈る所はありません。なぜならば、天ツ神は諸々の神の君であられるのですから、もうどうにもならないという意味です。なほ孔子のこの言葉の意味は『鬼神新論』といふ書を著して詳細に論じてをります。もつたいなくも、返し返しもこの御神の御徳は、朝夕に忘れ奉らぬように、このことは必ず心得られるがよろしいのです。

上巻その二③

さて、先年に伊勢平蔵、平の貞丈先生といふ人がをりました。この人は天明の末当たりまで世にをられた人で、有職古実の学問、又は武士道の学びに秀でられた先生で、世にこの家の学風を伊勢流と言はれました。なぜならば足利が盛んな時分、殿中内外の古実を司られた伊勢守より、以来連綿として今もなほ旗本衆で、その古実として伝来してをるために、伊勢流と申すのです。

さてこの貞丈先生の申された言葉に、「書物を見るには、古の眼、今の眼といふことを心得て読まなければならないものだ」。

その古の眼と言うのは、古の書物を常に多く見なれて、古代の風儀をよく見知つた眼を言ふのです。また今の眼と申すのは、今の世の常時のならはしを見なれて、古代のならはしを一向に見知らない眼を言ふのです。さて、古の眼をもつて、今の世の趣を見れば、今のならはしが明らかに分かります。

今の眼をもつて、古代の事を見るときは、古代のことも、今のならはしの如く見なすために明らかにならず、疑はしいことばかりあつて分からないものです。

たとへば、古い書物に、「金百両とあるのは、練金といふものを、秤目で百両のことなのだが、今の眼をもつて見れば、金の小判百両のやうに見えるのだ。また古い書に、八丈の絹とあるのは、尾張の国から出た物で、長さが八丈の絹なのですが、今の眼をもつて見れば、八丈島より出る絹と思つてしまふ。このやうな類が、数へ切れないほどに多いのだ」と言ひ残されたのです。

これは学問の上ばかりでなく、今日の事業をしていくにも、本を知つたと知らないとでは、大きく思慮の違ふことがあるのです。ことに学問と申すものは、何の上でも及ぼす事ができ、役に立ち、働きをつくる為のものであるので特別なものです。 まず古きことを尋ね明らかにして、高い所に上つて行き、それから下を見下ろす時は、今の世の低く新しいことは、さして骨をおらずに分かるものです。ですから、孔子も「故き温ねて、新しきを知らば、以て師たるべし」とも言つたのです。

今の世は己の身の上にも不思議なことは幾らもありますが、通常のことに馴れてゐますから、その身をも不思議とも思はず、たまゝゝ神異なることでもありますと、多いに惑いを生じることがあるのです。

ところが古の学問をする者は、古といへば、この上ない天地の初めから、奇妙で不思議で神妙なことといへば、この上もない天地をさへ始められた神々の御事実をよく明らめるために、この上の高いことはないのです。

だから神代の神の御上を、今の眼をもつて、今の凡人を引きづりて疑うような、頑固な心は起こらないのです。

これを及ぼすときは、何のことにも行き渡ることで、とかく何の学問、何の事でも、ぐつと高い所をやつておくのがよろしいのです。

たとへば本歌と言つて真の歌を詠むものは、連歌は何の苦もなくできます。連歌をよくする人は発句が何の苦もなく出来ることを見ても、とかく人は高いことを覚えるのがよいのです。

貞丈先生が言はれたことは、「書物を読んで、その文の意味を説くにたゞ一方にばかり偏つて、外に通じなければそれは偏見と言つて、片寄つた書物の読み方だといふものです。

また文の意味を考へるに転用旁通といつて、様々な事に当たつても滞りのないのが活見と言つて、眼を生かして書物を見ると言ふものです。

また偏見で片寄つた見かたをする人は、様々な発明するようなことはありません。活見と言つて眼を生かして書物を見る者は、事を起こし、発明する勢いがある」と申されました。これは学問の上ばかりではなく、諸事に行き渡ることで、今の世に漢学をする人々、またシナ(唐)思想の狭い悪癖がついた人などは、多く今の眼をもつて古を考へたり、何かを考へるのにこれをもつて考へるといふやうに、活見する人も少ないのです。

そうならないやうにしたいものです。

神とは

さて、我が国の言葉に、すべて「カミ」と申すのは、古の心を尋ねれば、古の御典に見える、天地の諸々の神達を始めとして、それを奉られた社にまします御霊を申します。

また人は当然ですが、鳥獣草木の類、海山など、その他何でもあれ、尋常でない優れた徳があつて、かしこみ恐るべき物を「カミ」と申すのが古のあり方です。

その「優れた」といふのは、尊いこと、善いこと、勇ましいことなどの、すぐれたことばかりを言ふのではなく、悪いもの奇妙なものでも、世の中で特殊で畏きものを神と申すのです。さて人の中の神は、先ずカケマクモカシコキ

天皇の代々、みな神におはすことは申すまでもないことで、それは『万葉集』を初めとして、古くより歌にも、遠ツ神とも称して、凡人とは遥かに隔たり、尊くカシコくおはすますためでございます。

このやうにして次々と神となる人、古も今も有りますことで、また天下の下に広く流通したことでなくとも、一国一郡一村一家の内にも、神なる人はゐるのです。

さて神代の神たちも多くはその代の人で、その代の人は皆神々しくあつたがために 神代と申します。また人でなく物では、雷は常に鳴る神と言ひますので、もとより神であることには異論がありません。また龍、天狗、狐などの類も特殊で不思議で畏れ多いものであるために、これも神です。また虎や狼も神と申したことは、『日本書紀』や『万葉集』等に見えます。イザナギノカミは 桃子にオオカムヅミノミコトという名を賜り、またお首の玉を

ミクラタナノカミと申されたなどのこともあります。また神代記や俗に中臣祓と伝へられてゐる大祓の詞にもある通り、磐根、木の根、草の根などが神代にものを申したことがあります。これも神です。続く

防共新聞一一五三号(二十三年十月一日号)より