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【現代訳】古道大意下巻その四③

「外国から見た我が国の真実」

その遥か西の国より渡り来た書物の中で、「ベンケルイヒンギハンヤツパン」と云ふ書がある。これを私の言葉に直してみると「日本の志」と云ふことになります。これはエンゲルベルベルトケンペルと云ふ者が書いた書物で、この人は万国の事を詳しく知らうとして、どこの国と言ふことなく渡り歩き、我が国のことも調査するために、オランダ船のカピタンと云ふ役人となつて、正徳年代に我が国にも来て、京も江戸も見てゐます。あの『万国風土記』を作つて万国に名を知られ、後世にそれで名を揚げようと思ふ心から成し遂げたものですから、それはそれは精密なものです。これは外国の中でも大変に遠い国ですから、何も我が国に限つて贔屓するはずもなく、何と云ふことはなく万国を歩いて見たところが、世界の中で日本ほどすばらしい国はなかつたから、そのことをありのままに記したと見えるのです。我が翁は「天地ノソキヘノキワミマギヌトモ、御国ニマシテヨキ国アラメヤ」と詠まれましたが、実にそれにまちがいがないことがその書物でよく分かる事です。

「日本の地理の恵み」

その書の概要をかいつまんで話しをすれば、我が国を非難する人が言ふには、「日本人がしつかりと錠でもおろしたやうに、諸々の外国と通商を行はず、日本人を外国に出さない。又外国から、どうか交易をしたいと言つて願つても、取り上げないとはどう云ふことか。一体この地球に住んでゐる人は、皆心安く交はりをするべきことなのです。これは造物主と言つて、天地を始め人間及び万物をお造りされる、天ッ神の御心なのです。それなのに日本人が万国の人と交はらないと云ふのは、それはわがままなことで、天ッ神の思し召しとは違ふと云ふものです。ガンやツバメでさへ外国へ行つたり来たりするではありませんか。それは人としてガンやツバメにも劣つてゐる所業ですが、どうですか」と一つ難問を出して、これに言ひ開きしたものです。

これを自問自答の文法と申しまして、まづ自分でわざと難問の言葉を起こして、又自分でその訳を答へる

のです。その書の答へ方は、それは一通りもつともなやうな言ひ方ですが、さうでもありません。日本が外国と交はらない訳を、私が付け加へて、詳しく答へるのでお聞き下さい。

「まづ日本国の幸せでうらやましいことは、異国の人と交易しなくとも、全く困ることがないことであります。それはまづ地勢に恵まれてゐて、外国の産物を取り寄せなくてもよいのです。わがヨーロッパ諸国の者どもが、外国まはりをして、交易を専ら行ふのは、だいたい物が不足してゐるからです。例へばここに一つの国があつて、天地を造られた天ッ神さまが世にも特別なお恵みをかけられて、生命を保つべき一切のものが不足ないやうになされて、国も甚だ強く、その国民の勇気がすさまじく、外国から攻めてきたときなどによく防ぐ手段を持つてゐて、外国のものを受け入れなくとも事欠かずに済むならば、外国と交易しないはうが国の風俗は乱れないで、却つて国の大きな利益となることです」と、著者はここらのことを詳しく説いてゐます。

「そんな国はこの地球の内を探してもどこにあると思ひますか、それは世界万国に知られた日本であるのです」

さて その訳を、私がなほ詳細に述べるならば、日本はこちら及び諸国の頭にある国で、天ッ神がこれをことのほかにお恵みなされて、大変に烈しく険阻な海を周りに取り巻いておかれたお陰で、外国から船を寄せるには、日本界隈の海は、波が荒く逆風が吹き、その海中には浅瀬があつたり、厳石が多くてなかなか寄せても接岸出来ない荒海で、大船を入港させる所がないのです。その内でただ一カ所、長崎の湊と云ふのがあつて、ここは少し大きな船も入れますけれども、その入り口がすぼまり、さまざまに曲がつて、よく鍛錬した船頭でも悪くすると乗り損なう所なのです。しかしながらこれより他にはよい港がないのです。また海がその通りですから、外国から攻めても勝てないやうに、これも天ッ神がつくり置かれたものです。

又その国に人が多いことは、言葉では言ひ表せないほどで、海辺を見れば人民がおびただしく、大小諸々の舟が繁多です。これは国中の人が悉く海辺に居住して、陸地の方は更に人が少なく、空虚だらうと思ふやうですが、さして大きくない国で、このやうに厖大な人がゐると云ふのは、これはとんでもない理屈外と云ふものです。又城郭住居が連なつてひと続きのやうになつてゐます。もつとも何村々々と言ふやうに、その所に名前は有りますけれども、これは昔は別々であつたためのことである。今は一連になつてゐて、ただその昔の名前を失はないだけのことで、実は住居はひと続きだと言つてをります。これは実にさうであつて、外国に行つた人の話や、外国の書物を見れば、ただやたらと広いばかりで空き地が多く、それだから不便なことばかりです。又外国は大きい割には、支那をはじめ、人が大変に少ないのです。