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天皇尊の玉言を第一とせよ 福田 草民

◆輝かし平成二十七年を迎へ、皇室の弥栄と読者諸氏のご繁栄を心から祈念す。
◆本年は大東亜戦争終戦より七十年である。畏くも 天皇尊より新年のご感想として、次の玉言を賜つた。
=本年は終戦から七十年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなつた戦争でした。各戦場で亡くなつた人々、広島、長崎の原爆、東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなつた人々の数は誠に多いものでした。この機会に,満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考へていくことが、今、極めて大切なことだと思つてゐます。=(宮内庁HPより)
◆天皇尊の玉言のなかに=満州事変に始まる=の叡慮を臣民は深く畏まなければなるまい。
◆こと大東亜戦争に於ける解釈は、真正日本主義者のなかでも十人十色と言つても過言ではない。しかしその大半は昭和十六年十二月八日未明の「真珠湾攻撃」からを語つてゐる。それは大東亜戦争 開戦の詔勅 (米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書)が発せられた事であるから間違へではない。しかし、その原因を満州事変にお目をお向け遊ばされた。
◆満州事変の原因は、大正時代にソ連が東支鉄道及び満州の北西地域を完全に影響下におさめ、支那共産党を支援して東満州に共産軍の遊撃区を構築して、反日闘争を展開したことによる。その結果、満州の日本人社会に於いて、支那共産党の正規軍による反日暴動が起こるのではないかといふ危機感が高まることとなつた。当時満州の支配者といはれた張作霖は、米国の力を背景にしながらこの地域における排日運動を推進したのであつた。
◆話は逸れるが、支那の歴史を見れば、力を蓄へた者がその支配者を「徳を失ひ天命尽きた」と言ひ、多くを殺しまた支配者となる連続である。つまり支配者に君臨した時には既に「徳」は無いのである。よつて同じ歴史を、今も繰り返してゐるに過ぎない。それを儒教の教義に基づく上下関係を構築し、「徳」「仁」などと屁理屈をこねて正当化し、他が対等な存在であるとは認めないのである。その支那は中華思想を以て周りの国々を「野蛮な国」と位置付け「華夷秩序」といふ思想を長きに渡り根付かせた。そこに支那から見れば「野蛮な日本」が世界観を持つて「新秩序」を持ち込んで来たので、歴史的一大事となつたのである。
◆安倍晋三首相は、三重県伊勢市での年頭の記者会見のなかで、今年八月の終戦の日に合はせて発表する戦後七十年談話について、「先の大戦への反省、戦後の平和国家としての歩み、アジア太平洋地域や世界にどのような貢献を果たしていくのか、英知を結集して考へを書き込んでいく」と河野村山談話と変はらぬ事を述べた。
◆世界平和を日々御祈り申し奉る
天皇尊の玉音を、小賢しい理屈を以て解釈してはならない。