【寄稿】幸福実現党・矢内筆勝前党首に物申す。 大東亜青年塾 森川俊秀

六月三十日の『徹底討論!! 民族派団体論客vs幸福実現党党首』延期の背景には、矢内筆勝前党首や渡辺伸幸幸福実現党広報局長が、金科玉条として主張する役員会(矢内筆勝は昨年九月にこの企画を持ち込んでから、三月十一日に「討論会は出来ない」と唐突に電話連絡して来る迄一言も「役員会」なる事に触れてゐない)での決定とは、大川隆法総裁とその側近の意向なのだらうと考へられます。矢内筆勝は、第八代幸福実現党党長では有るが、実際は党内での発言力も無く、あくまでも参議院選挙迄の使ひ捨ての消耗品としての党首でしかない。矢内筆勝は、恥知らずにも『徹底討論!! 民族派団体論客vs幸福実現党党首』の日程まで了承しておきながら、その後の幸福実現党内部からの反対意見に気圧されて、「自分は知らなかつた」と嘘をつき初め、その後は「一月と二月は森川さんとは電話で話してゐない、六月三十日の開催も私は了承してゐない」、「六月三十日討論会開催のe-mailを読まなかつた私も悪いが、e-mailだけで電話連絡での確認をしなかつた森川さんも悪いんだ」、「一月と二月の通話履歴が出てきたらどうするんだ」(小生)の問ひに対して矢内筆勝幸福実現党党首の返答は、「命を取れ!」なのであります。では、矢内筆勝幸福実現党党首が命を取られても仕方の無い証拠を公開する。

◯四月十五日に、小生から矢内筆勝幸福実現党党首にe-mail送信※小生「早い内に御逢ひしたい」(これは四月十二日の会談中に、この件は後日にと矢内筆勝より頼まれての事である)

◯四月十六日に、小生から矢内筆勝幸福実現党党首に電話連絡(e-mailの返信無し) ※小生「早い内に御逢ひしたい」※矢内筆勝「自分一人だけで無く、江夏正敏幸福実現党幹事長同伴で逢ひたい。逢ふのは山口補選(四月二十八日)の後になるかもしれない」

◯四月十七日に、幸福実現党本部内田寿平総務課長より電話連絡有り※内田総務課長「山口補選後の四月三十日、若しくは五月一日に、矢内筆勝党首と江夏正敏幹事長に逢つて戴くが、詳細は後日連絡致します」

◎五月十四日現在、幸福実現党本部(内田寿平総務課長)からも矢内筆勝幸福実現党党首からもその後の連絡は一切無し

◎五月十五日、小生が幸福実現党本部を訪問して内田寿平総務課長に会談の事実確認を求む

◎五月十六日、内田寿平総務課長より電話連絡有り※当時の音声記録を公開予定、即ち矢内筆勝は事実確認から逃げているのである。四月十二日十八時より、水交舎(150-0001 東京都渋谷区神宮前1-5-3) にて、登壇予定者二名・矢内筆勝幸福実現党党首・渡辺伸幸幸福実現党広報局長、そして小生の五人にて、六月三十日開催予定の『徹底討論!! 民族派団体論客vs幸福実現党党首』の最終的な打ち合はせの議事録を一部抜粋して公開する。

矢内筆勝「森川さんからもう一人登壇者はゐないかとの事なので、うちに及川と云ふ保守的な者がゐるのでその者を登壇させる事にした」

小生「私はもう一人登壇者は居ないかだなんて言つてい無い、あんたの方から及川幸久氏を登壇させて欲しい、私と及川さんとで一時間すきに話させて欲しいと言つて来たんだらう」
矢内筆勝「私が党首になつてから森川さんとは一度も話してゐない、mailは来たかも知れないが」

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矢内氏との通話記録

小生「私は口答で日時の確認をしてゐる」

小生「あんたは嘘をつきに来たのか?」

矢内筆勝「神に使へる者が嘘をつく訳が無い」

小生「嘘だつてハッキリしたらどうするんだ?」

矢内筆勝「命を取れ」

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今回の『徹底討論!! 民族派団体論客vs幸福実現党党首』延期の件では、皆さんに大変御迷惑をおかけしました事を心よりお詫び申し上げます。六月三十日開催予定でした『徹底討論!! 民族派団体論客vs幸福実現党党首』は、小生と矢内筆勝幸福実現党党首(昨年暮れに党首就任、それまでは幸福実現党出版局長)とで進めてをりました企画です。昨年九月に、この案件(当初は立木秀学幸福実現党党首と民族派二名との対談)を矢内筆勝幸福実現党出版局長に打診したところ、「逃げも隠れもしない、野次も大いに結構」との事でしたが、矢内筆勝出版局長よりの申し出により一度白紙(来年以降)に戻した経緯が昨年の十月に有ります。その後、矢内筆勝出版局長より「いきなり党首では差し障りが生じるので自分ではどうだらうか、その後立木秀学党首との対談を約束する、それから私ともう一人及川幸久外務局長を登壇させて欲しい、対談の前に私と及川氏に一時間好きに喋らせて欲しい」との要請有りまして、矢内筆勝出版局長に「今年中に日程以外は決めませう、日程は来年一月中に決めませう」との取り決めを致しました。

上記が昨年の事です。

弊会が作製致しましたチラシの内容は、昨年既に日程以外は決まつてゐました。年が明けて、一月に日程の件で矢内筆勝幸福実現党党首(昨年暮れ党首就任)に確認したところ、「参議院選挙と都議会選挙の日程が決まる迄待つて欲しい」との要請が有り、参議院選挙日程確定後に矢内筆勝党首に「公示日一週間前の六月三十日(小生はこの時点で六月三十日に予定を入れてゐない事を見越しての日程指定をしました)ではどうだらうか」と電話で打診したところ「解りました。調整致します」との返答が有りましたので、その後、登壇予定者より日曜日であればいつでも構はないとの考へ・他登壇予定者数人に、六月三十日に『徹底討論!! 民族派団体論客vs幸福実現党党首』開催決定との知らせを電話連絡及びe-mailにてお知らせ致しました。ところが、月を跨いで三月十一日に矢内筆勝党首より電話連絡が有り「六月三十日の討論会は出来ない、そもそも六月三十日の開催を了承してゐない」と話すので、小生が「日程、若しくは幸福実現党側の登壇者を変更すれば討論会は可能か?」と問ひ質すと、矢内筆勝党首曰く「役員会を通らない」との返答。今さら、今まで役員会の事を一言も触れなかつた矢内筆勝党首が、「役員会を通らないから討論会は出来ないとは何だ」と云ふ事で、小生は幸福実現党本部に行きまして、渡辺伸幸幸福実現党広報局長と内田寿平総務課長に事の次第を説明した訳です。弊会が作製致しました討論会のチラシを発送致しまして、そのチラシを民族派団体各位に発送したのも三月上旬です。その後、小生が幸福実現党本部に三回、横浜ベイシェラトンホテルロビーで一回、水交舎で関係者五人で一回話し合ひをしてをります。

大まかな概略はこのやうな事なのです。

前文でも述べましたが、矢内筆勝は、第八代の幸福実現党党長では有るが、実際は党内での発言力も無く、あくまでも参議院選挙迄の使ひ捨ての消耗品としての党首でしかない。と言ふ事が露呈された結果となつた。

大東亜青年塾 森川 俊秀