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本日は第一次世界大戦勃発より百年

大正三年六月二十八日、オーストリア・ハンガリー二重帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフ一世の甥で皇位継承者であつたフランツ・フェルディナント大公がサラエヴォに於いて暗殺された。これを切つ掛けに第一次世界大戦の火蓋が落とされた。

日本は日英同盟に基づき同年八月二十三日にドイツ国に対し、詔書をもつて参戦した。

独逸国に対する宣戦の詔書
天佑を保有し、万世一系の皇祚を践める大日本国皇帝は、忠実勇武なる汝有衆に示す。
朕茲に独逸国に対して戦を宣す。朕が陸海軍は、宜く力を極めて戦闘の事に従うべく、朕が百僚有司は、宜く職務に率循して、軍国の目的を達するに勗(つと)むべし。凡そ国際条規の範囲に於て、一切の手段を尽し、必ず遺算なからんことを期せよ。

この戦により約三百名が英霊となられた。

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左よりアメリカ、カナダ、イギリス、支那、イタリア、チェコ、日本の各軍