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皇道日報「尊皇は絶対なり」昭和十七年四月九日

koudounippou■「普天の下、卒土の濱、皇臣皇土に非らざるなし 世界悉く 天皇の赤子にして 天皇の國土なり。然るに何をか國防といふや。論者曰く「國防とは國家の独立及び永昌を確保するの謂ひなり、即ち外敵の侵入及び攻撃に対する國家の防衛、國策遂行に対する妨害の排除は勿論、海外に於ける利権の擁護等をも包含するものとす」と、世界通念としては、斯く論ずるも當然ならん、主権在民の國家ならば、斯く論ずるを至當とせん、天皇國日本は然らず、萬邦無比の國體たる皇國には、自ら萬邦無比の國防眞義なかるべからず、萬邦無比ならば、正に無比なる大精神に生くること、是れ皇國々防の基調なり、八紘は 天皇の所有なり、何をか國家の独立永昌といふや。何故に、天壌無窮の 皇運扶翼といはざるや、外敵の侵入及び攻撃に対する國家の防衛とは何んぞや。何故に、まつろはぬ朝敵、

皇道布施の妨害する賊徒を排撃すると謂はざるや」是れ、杉本五郎大人の國體観、國防観也。杉本大人や陸軍中佐にして支那事變に於て戦死せられたるも、忠霊永へに皇國を護る所也、大人や楠公崇拜者にして、其部下を教育するや楠公精神の七生殺國賊を高揚し、後勅諭を必讀實践の精神家也、宛かも、乃木大将の如し、軍人の亀鑑と謂ふべし、斯る軍人は尚ほ多からん、黙々として、忠君の道にいそしみつゝあるならん、頼もしき哉。是れあるが故に支那事變も、大東亜戦も完遂せらるゝ所にして、發しては萬朶の櫻となり、衆芳興に儔ひし難き也、則ちハワイに於ける九軍神は勿論各地に於ける猛将勇士の奮闘は皆忠君より出づる所に他ならず、尊皇は絶対也、忠君は絶対也、尊皇に於て戦ふものなるが故に皇戦と云ふ也、
天皇陛下萬歳、萬々歳の為に戦ふ也、敢へて國家の為めに戦ふものに非らざる也、最も嚴格なる意義に於て國家は 天皇の御機關也。外来思想や學説は悉く美濃部説或は類似なるが、我が日本民族の国体観は 天皇主體説也とす、之に依りて、皇國と稱し皇臣、皇土の観念起る所也。此國體観いあらずんば眞の國體観に非らず、此國體観にあらずんば皇道の臣民道は生るゝものに非らざる也。
■外来思想や宗教によりて久しく國體観は歪曲せられたるも、今や復古維新に際して、神ながらの國體観の興りしは慶賀すべし、一切の思想や宗教は盡く皇道にまつろはしむべきの秋也、敢へて、朝野の識者諸氏に指援を願ふ所以也。

(昭和十七年四月九日)