若い世代に國體を傳へるために 編集員 岡 學歩 

國體と云ふ言葉は若い世代に滲透してゐるだらうか。十代二十代の若者に理解を得るために我々は何をしたら良いだらうか。 

本文は既に心得のある同志に向けてではなく、これからの世代に理解してもらふために何を傳へるべきなのかを檢討したものである。 

・國體に就いて若者に傳へる上での課題 

國體と云ふ概念が言語によつて意味的に定義されたのは近世後期以降のことである。國學の勃興に始まり、水戸學が國體論を打ち立て、帝國憲法と教育敕語によつて定式化された。これは教科書で讀めばわかる事である。しかし讀めばわかる事すら知らないのが現實である。まして内容に就いて教科書には書かれてをらず、國體に就いて考へた事も無いと云ふ若者が大半なのではないだらうか? 

このやうな現實の中で我々は國體に就いてどのやうに傳へるべきか。國體とは國の在り方を表す概念である。その概念として「萬世一系」と云ふ事實を缺かす事はできない。日本が日本であるために何が尤も大事であるかと云ふ事を考へる機會を失つてはならない。 

・「萬世一系」事の始まりを知るためには記紀に親しむべきである。 

日本には建國の歴史を語り繼ぐ神話が殘されてゐる。古事記、日本書紀(以下記紀とする)に見られる神話は修理固成の神敕を實踐する日本の歴史が語られてゐる。建國から政治、經濟による日本の統一と發展の歴史が書物として殘つてゐる事は現代を生きる我々にとつてかけがえのないことである。國體の概念を感じ取る爲にも幼少期より讀み慣れ親しんでおくべきであらう。「八岐大蛇退治」「海幸山幸」「因幡の白兔」など繪本になつてゐたりもする。繪本を樂しめる年齢になつたらさり氣なく本棚に入れて興味を持たせられると良い。それがきつかけとなり記紀そのものへの興味關心となることを期待したい。 

しかし、なんとなく昔話として物語を讀むだけでは國體の概念を理解できる若者とはならない。傳へる側の大人もそれなりに智識を持つべきである。何故記紀が大事なのかを再確認したい。記紀の物語は神話であり全てがありのままの事實かと言へばさうではないと答へざるを得ない。しかし全くの創作でもない。過去に殘されてゐる書物の多くは勝者の記録であり、勝者からの目線で書かれ事實の改變はある。記紀に於ては勝者敗者と云ふ言ひ方が適してゐないかもしれない。最終的には從すると云ふ形になつてゐる爲である。古代日本の政治はこの神話源流として農耕儀禮などが執り行はれてゐた。統一以前は各々の土地に根ざした信仰對象と儀禮があつたはずである。それに伴ふ土地土地の神話もあつただらう。幾多の小國が統一されていく過程で信仰、儀禮、神話も取り込まれていつたその統一の完成が記紀と云ふ事になる。この統一を果たしたのが 天皇であり、その血脈が杜絶えず現在まで續いてゐると云ふ事實が「萬世一系」であり國のあり方の基礎概念なのである。 

記紀、特に古事記の優れてゐる點は物語として非常に魅力的と云ふ事である。讀んでゐて面白いのだが記紀の神話を歴史の事實として捉へるには讀む側にも智識が必要である。神話が成立した背景の智識・比喩的表現を事實に置き換へるための讀み解く智識などが求められる。幼少期より記紀に親しんだならば、必ず智識を加へて讀み解くための導き役が必要である。それは我々の役目なのである。 

・中學、高校の歴史の教科書では足りない 

大化改新、律令の制定は中學、高校の日本史で確實に觸れる。その爲、日本の教育制度の下で教育を受けてゐれば當然智識として有してゐる筈である。しかし、先に述べた國のあり方の基礎概念がない状態で教科書を讀んでも事の重大さを理解できない。 

大化改新は蘇我氏を討ち取つた乙巳の變に端を發し、一連の政治改革を行つたものであるが、そもそも蘇我氏が討ち取られた理由が教科書だけでは分かりにくいのである。蘇我氏は佛教を統治に取り入れる考へであり、それ自體は聖徳太子も同樣の考へであり、後の律令に於ても唐の制度を取り入れてゐる。では何が問題だつたかと云ふと本來 天皇が持つべき政を蘇我氏が取つて代はつたかのやうに權力を行使した點にある。 

蘇我氏の横暴を字面だけで理解をすれば大昔の日本であつた覇權爭ひと云ふ捉へ方に留まつてしまふ。しかし本質は覇權爭ひではない。國のあり方として蘇我氏の行ひは相応しいのか相応しくないのかと云ふ事を見極める事が本質なのである。結果として相応しくないとして討ち取られたのだが、現在を生きる中高生が歴史の授業で蘇我氏は國のあり方として相応しくない行爲をしてゐたと感じ取れるだらうか?恐らく殆どが理由もわからず事象のみをテスト對策に記憶するのみだらう。 

他にも奈良時代の宇佐八幡宮神託事件がある。僧である道鏡が「皇位に就くべし」との託宣を受け 天皇位を得ようとした。しかし和氣清麻呂が「わが國は開闢このかた、君臣のこと定まれり。臣をもて君とする、いまだこれあらず。天つ日嗣は、必ず皇緒を立てよ。無道の人はよろしく早く掃除すべし」と云ふ神託を持ち帰り道鏡の皇位を沮止した挙である。 

宇佐八幡宮神託事件は教科書に載つてゐるが扱ひは大きくない。しかし國の在り方に就いて十分な認識を持つてゐると日本の存續の危機であつた重大な事件であつたことがわかる。必然として和氣清麻呂が何故異を唱へたのかも理解できる筈である。 

飛鳥時代・奈良時代に起きたこの歴史的事實を學校教育の中で本來はもつと掘り下げるべきである。何故このやうな事が起きたのかと云ふ理由の探求を無視した日本史の授業など意味がない。學齢期の若者には、學校では上澄みのみの歴史しか傳へられない事を前提として理由の探求を促せるやうに興味關心を向けさせなければならない。この時に何を基に考へるかと云へば、それは日本の文化、風俗、風習にどれだけ身近でゐられるかと云ふことだらう。日本の文化、風俗、風習がどんどん形骸化していく中で、矢張り日本の神話を幼い頃から讀み聞かされてゐると言ふ事は日本人を形成するにあたり極めて重要な事である。 

・國體とは過去に固執・執着するものではない 

日本は「萬世一系」と云ふ古代から續く思想を杜絶えさせることなく、文化的には世界水準でみても高い國である。古いものを守らうとしたとき、破壞や循環は相反する考へ方のやうに思ふ。現に歐米の古い建物などは堅固な石造りで創建當時を今に殘してゐる。しかし、それは精々數百年の話である。日本の面白いところは、過去の考へ方や樣式をそのままに最新の技術や材料で過去を再現することである。伊勢神宮の式年遷宮を見てわかるやうに二十年に一度敢へて循環させることにより建物の樣式、それらの技術、考へ方を後世に傳へてゐる。その爲、最新の二千年前を目にすることができるのである。 

このやうな考へ方は神社だけでなく、日常の中にもあふれてゐる。生活が豐かになるのであれば新しい考へ方や技術を取り込み、自らのものとしていく事は日本人の得意分野である。その際に丸々と眞似をするだけではない。自分たちの生活に適するやうに更新してしまふことにこそ日本人らしさがある。 

再び古代の事例を參考にする。律令は唐の制度に倣ひ當時の日本て成立した法制度である。大枠は唐からの輸入であるわけだが、決して日本が唐に從屬したはけではない。法制度としては以前から養老令、飛鳥淨御原令などがある。その際に最上位とされた官職は神祇官であり祭祀を司つてゐた。神祇官は日本の成り立ちに深く關はる。農耕に於て天候を讀む、治水、土木の智識、技術は缺かす事ができない。(神代の時代から祭祀が行はれてゐたことは記紀で讀み解けるが、比喩的な表現になつてゐたりするので、矢張り讀む時には智識が必要である。)しかし、唐に於ては重要視されてはゐない。唐に倣つた大寶律令に於ても神祇官は最上位に位置する。制度の基盤を參考にはしても、それは外國のものであり日本には日本のやり方があると云ふことを示してゐる。この考へ方は國の單位から我々個人の單位にまで滲透してゐる。日常生活程度であれば諸外國からの最新技術はどんどん取り込んでいくべきだとは思ふ。しかし、國となるとさうはいかない。文化、文明の發展には大いに新たな考へ方は取り込んでいくべきである。しかし、その考へ方が國の指針となるときに我々一人一人が日本と云ふ國の在り方として相応しいのか、相応しくないのか判斷できるだけの感覺と智識を持たなければならない。律令の編纂を命じた 天武天皇を始め編纂に關はつた文官たちが新しき智識を取り入れなければ今の日本はなかつた。和氣清麻呂が道鏡の神託に異を唱へなければ今の日本はなかつた。それぞれが、日本の在り方を十分な智識と背景を基に考へてゐるのである。せめて我々も日本を紡いできた先人に恥ぢない程度に考へる力を持たねばならない。そして後世に傳へることが責務なのである。