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Author Archive for 編集部

和歌と大和心

二十日、港区青山に建つ大東会館にて第八十七回歌道講座が行はれた。 講師は福永眞由美先生。参加者は約二十名。 講座では二十三首の歌が吟じられ、福永先生がそれぞれの歌を指導添削し、その後無記名で一人三首を番号で選び、天・地・人を決めると言ふ流れ…

【寄稿】神代派は仏魔退散を叫び、行動せよ 皇學館大學 下山陽太

神代派は神典根拠で以て行動する云はゞ惟神大道原理主義で在らねばならない。神代派を名乗る以上、仏道の如き汚らはしき教へを信仰すること自体、信仰に於ける敗北を意味する。更に穢らはしき道である仏道は今や、発祥国である天竺でさへもその力を失ひ、東南…

清原貞雄著「国学発達史」考 二

第一章 徳川時代以前に於ける国学 第一節 日本紀講究 ●平安朝初期に紀傳道なるものがあったが、講ずるのは三史(史記・前漢・後漢・漢書)五経・文選等の書であり、日本史を講ずるのは稀であつた。 ●講日本紀※が見えたのは、嵯峨天皇の御世弘仁三年(…

運動史⑪

昭和37年に執り行われた「第二回烈士山口二矢君慰霊祭」の様子 関連記事 運動史④ 街頭演説風景 左翼勢力が跳梁跋扈した時代のため右翼団体に対する国民の関心も高い Tweet続きを読む →… 運動史③ 昭和30年代の新宿駅西口街…

清原貞雄著「国学発達史」考 一

序論 ●国学の名称は主に漢学に対する名称であり、和学・皇学・皇朝学といふべきである。荷田春満大人は「国家の学」と云ふてゐるが、最も適してゐる。 ●漢学が輸入されて以来、学問=支那の学問であつた。自国に於ける研究は平安朝になつてから始まる。そ…

「天地の恩恵食糧と海に」感謝する集ひ

15日の海の日(海の記念日)に合はせ「天地の恩恵食糧と海に」感謝する集ひ が夢の島バーベキュー広場に於いて行はれた。主催は、むさしの倶楽部。 海の日とは、明治九年 明治天皇が東北・北海道御巡幸の際、汽船明治丸で横浜に帰着した日にちなみ、昭和…

【現代訳】古道大意上巻その一③

さてここに一つの話があります。それは今の世に戯作者といふのがあつて、あちこちの書物を見かじり、あそこを取つてここへ継ぎ、無いことも有るやうに、面白をかしく書き取つてそれを渡世しておる者ですが、とかく小利口に立ち回つて、面白そうなことは猿のや…

皇道日報「尊皇は絶対なり」昭和十七年四月九日

■「普天の下、卒土の濱、皇臣皇土に非らざるなし 世界悉く 天皇の赤子にして 天皇の國土なり。然るに何をか國防といふや。論者曰く「國防とは國家の独立及び永昌を確保するの謂ひなり、即ち外敵の侵入及び攻撃に対する國家の防衛、國策遂行に対する妨害の…

【現代訳】古道大意上巻その一②

「古道学の系統」 まづ第一に申しておかなければならないことは、私の学風を「古学」と言ひ、学ぶ道を「古道」と申すいはれは、古の儒仏の道がまだ日本に渡り来る以前の、純粋な「古のこころ」と「古のことば」をもつて、天地の始めよりの事実を素直に説き考…

【7/9】拓殖大学・下條正男教授研究会参加

拓殖大学で毎月行はれてゐる、下條正男教授主催の勉強会に参加いたしました。 この研究会は各方面から有識者が集まり、主に領土紛争を研究します。 我が国の領土紛争が大きくなるつつある昨今、議論も大いに熱が入りました。   磯和典 記 関…

電子版一新

皇道日報の復刊を機に電子版を一新致しました。 過去の記事(防共新聞)は順次整理してアツプ致します。 関連記事 皇道日報(防共新聞)紙名復元のお知らせ 久しくあるかな、寸時なるかな。「防共新聞」は昭和二十四年発刊し爾来六十五年を迎へた。前身た…

【7/4】第1018回 時対協会議参加

神国日本の葬祭の在り方ついて議論致しました。   時対協ホームページ http://jitaikyou.org/ 関連記事 大日本愛国団体連合 時局対策協議会ホームページ開設 大日本愛国団体連合 時局対策協議会(時対協)の公式ホー…

皇道日報復元一号(通巻四六六七号)のお知らせ

皇道日報(防共新聞)紙名復元にあたり 皇国の本を明らかに 福田草民 皇道日報の復刻に際し申し上げる 近藤勝博 街頭運動から思想戦へ〈筆剣を奮はん〉 秋田智紀 皇道実践へ 磯和典 【特別寄稿】祝「皇道日報」復元=防共新聞小史= 平澤次郎 【特…

皇道日報(防共新聞)紙名復元のお知らせ

久しくあるかな、寸時なるかな。「防共新聞」は昭和二十四年発刊し爾来六十五年を迎へた。前身たる「皇道日報」は同八年に創刊されたるも、終戦によりGHQの干渉を余儀無くされ発禁処分となりぬ。あやふきなりしは当時の日本人なり。精神面では終戦による動…