シラス國 言葉の意味を探る   編輯員 岡學歩

恥づかしながら「シラス國」と云ふ言葉を目にはしてゐたものの、意味を考へたことは無かつた。これを機に本稿で「シラス國」と云ふ言葉の意味に就いて深掘りしたいと考へてゐる。 

「シラス」と云ふ言葉を辭書で調べると、「しる」に尊敬の意味を表す助動詞「す」が附與された形と説明がある。そして「しる」の意味は「①わかる・理解する、②親しくする、③世話をする・面倒を見る、④領地を治める・所有する、⑤政治的に支配する」とある。「しる」に使用される漢字は現代では「知る」が一般的に用ゐられてゐる。意味としても①の使ひ方をする事が多いだらう。古語では「領る・治る」と云ふ漢字が使用される事もあるやうで、意味は④⑤として用ゐられてゐた。辭書からの判斷では「シラス國」は「國を治める」と云ふ意味として使用されてゐたと考へる事が妥當だらう。 

それでは漢字はどうだらうか。「知る・領る・治る」いづれも「しる」と讀む。「シラス國」の意味的には「治らす國」と「治」が使はれてゐたのではないだらうかと思はれるが、古事記の原文には「知國」と云ふ文言が幾度か表れる。「知國」つまり「知らす國」であり、使用されてゐる漢字は「知」である。「シラス」と云ふ言葉がどのやうな意味で用ゐられてゐるのかは、漢字の意味だけでなく、文脈からも讀み解くべきであると考へる。 

一、古事記 國讓り神話から拔粹 

「天照大御神之命以豐葦原之千秋長五百秋之水穗國者我御子正勝吾勝勝速日天忍穗耳命之所知國」 

文の末尾に「知國」つまり「知らす國」の表記がある。現代語譯では「天照大御神が詔を發しました。豐葦原之千秋長五百秋之水穗國は、私の御子正勝吾勝勝速日天忍穗耳命の統治するべき國だ。」と譯されてをり、「知らす」は統治の意味で使用されてゐる。 

二、古事記 國讓り神話から拔粹 

「汝之宇志波祁流葦原中國者我御子之所知國」 

そのまま讀み起こすと「ナンジノウシハケルアシハラナカツクニハワガミコノシラストコロノクニ」となるだらう。この一文は天鳥船神と建御雷神が大國主神と對話する場面である。汝とは大國主神、我御子は天照大御神の御子と云ふ關係から、「大國主神が治める葦原中國は天照大御神の御子が統治する國」と云ふ内容である。 

現代語譯に就いての言葉の選び方など樣々な考へ方があると思ふが、私自身は專門家ではない爲、參考として讀み進めて戴きたい。古事記からの拔粹で文脈から讀み解くに「シラス」は「領地を治める」「統治する」「支配する」と云ふ意味で用ゐられてゐると考へるのが自然である。古事記の現代語譯に就いても、「知國」つまり「知らす國」を「統治」と譯してゐる文を參考に舉げさせて戴いた。 

それでは「統治」と云ふ言葉の意味に就いて考へる必要がある。 

「統治」 

「統べ治める事」「主權者が國土および人民を支配すること」 

更に「統治」を分解し「統べる」「治める」に就いても辭書で調べてみた。 

「統べる」 

・個々のものを一つにする、まとめる。 

・支配する。 

「治める」 

・混亂してゐる事物を安定した状態にする。また、「治める」の「おさ」は「長」つまり首長を意味するともある。 

このやうに辭書を引きながら意味を深堀していくだけで、樣々な國が亂立し、秩序がなく混亂した状態を統一していく古事記の物語と「統べる」「治める」の言葉の意味は相關性があると感じとる事ができる。 

もう一つ、「知る」に就いての文言の記載がある大祓詞に就いても紹介する。 

大祓詞より拔粹 

「我賀皇御孫命波豐葦原瑞穗國乎安國登平介久知食世登」 

現代語譯は「我が皇御孫の命は豐かな葦原の茂る瑞々しい稻穗に恵まれた日本の國を、安らかな國として平穩にお治めなさい」(國學院大學リサーチセンター資料館HPより)とある。「知食」は「シロシメセ」であり、大祓詞に於ても「知る」と云ふ言葉が「治める」を意味してゐる事を表してゐる。 

ここまでをまとめると、「シラス」とは統治の意味を有してをり、混亂した事物を安定させ、まとめ上げる者と云ふ意味があると考へられる。更に古事記・大祓詞の一文から天照大御神の御子でなければならない事がわかる。この條件に該當するのは、初代天皇の神武天皇または十一代天皇の崇神天皇である。(神武天皇と崇神天皇に就いてはここでは言及しない。)どちらもシラスが名に含まれる「ハツクニシラススメラミコト」と云ふ稱號が記されてゐる。 

それでは「ハツクニシラススメラミコト」の言葉の解釋に就いて考察していく。 

「ハツクニ」とは「初めての國」、「シラス」は「統治」、「スメラミコト」は「皇」つまり「天皇」であり、「初めて國を統治した天皇」と解釋することもできる。そもそも、「スメラミコト」と云ふ音は「スメル=スベル」つまり「統べる」から來てゐると云ふ説もある。古事記の記載にある神武天皇、崇神天皇が行はれてきた實績から「ハツクニシラスシメラミコト」の稱號を冠するに相応しいと云ふ事が誰しも納得の事であらう。このことから、「シラス國」とは「國を治める」と云ふ意味だけでなく、「天皇が統治する國」と云ふ意味を有してゐると云ふ答へを導くことができるのである。 

ここまで「シラス」の言葉の意味に就いて考察してきたが、「知」の漢字が用ゐられてゐる理由が判然としない。「シラス」と云ふ言葉の意味の他に、どのやうな想ひが込められてゐるのだらうか?言葉の意味だけでなく、思想的な概念まで深入りして考へてみたい。 

先に紹介した「汝之宇志波祁流葦原中國者我御子之所知國」の一文には「知國」の他に治めると云ふ意味に譯される「宇志波祁流」と云ふ言葉がある。「汝」は大國主神であることは先にも述べてゐる。つまり、「汝之宇志波祁流葦原中國」「ナンジノウシハケルアシハラナカツクニ」は大國主神が治める葦原中國と譯すことができるのである。それならば「汝之知葦原中國」と云ふ表現でも良いのではないかと疑問に感じる。敢へて「シラス」に對し「ウシハケル」と云ふ言葉を用ゐることで、明確に統治の在り方に違ひがあることを示してゐると讀み取ることができる。 

「ウシハケル」と云ふ言葉の意味を調べてみると「ウシハク」と云ふ言葉が出てくる。 

「ウシハク」は「領く」「主人履く」と表するやうである。どちらも所有すると云ふ意味となるやうだ。 

所有は辭書で調べると「(財産、土地など)自分の物とする」とある。この意味から考へると「ウシハク」とは金錢や土地を所有し管理することで實務を擔ふ役割としての在り方を示してゐるのではないだらうか。大國主神は確かに葦原中國を治めてはゐるが、それは實務として治めてゐる事を強調してゐると考へられる。冒頭で「知る」の意味を①から⑤まで記載した。④は所有する、⑤は政治的に支配すると云ふ意味である。「知る」と「ウシハク」は同義とも考へられるが、「知る」は①わかる・理解する、②親しくする、③世話をする・面倒を見ると云ふ意味も有する爲、廣く解釋できる。つまり土地を知り、どのやうな者が土地を支配、管理して治めてゐるのかを知ることであり、その土地の特色や文化を知ることでもある。更に、親しくする、面倒を見ると云ふ意味も加へると、支配階級を含めて治めてゐる樣子とも取れる。「知る」は「ウシハク」より上位にあたる言葉なのではないだらうか。 

このことから、「シラス」の漢字を「知」を用ゐる事の理由も推し量る事ができる。「治」では「治める・支配する」と云ふ意味に限定されてしまふ可能性があり、「治る」は「ウシハク」と同義になつてしまふと考へられる。より廣義に、より上位の言葉である「知」を用ゐる事が日本の統治の在り方として適切な言葉となるのではないだらうか。また、「知る」「ウシハク」と云ふ言葉の關係性で考へると、天照大御神の御子である皇より、土地の管理、支配を任命された立場の者が實務を擔ひ治めてゐる状況が「ウシハク」であるとすると辻褄があふ。これは現代日本の在り方と同じである。現在に於る實務とは政治であり、國會である。その長は内閣總理大臣であり、天皇からの承認を受ける。まさに、「ウシハク」と「シラス」の關係である。 

このことから、神代から日本の統治の在り方は脈々と受け繼がれてゐると云ふ事がわかる。 

本稿全體の結びとして「シラス國」とは「知らす國」であり、「天皇が統治する國」と云ふ意味であるとともに、日本の在り方を示す思想、概念的な意味も有する言葉であるとまとめさせて戴きたい。 

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