戦後七十年 )敗戦国・日本の教訓 =国破れて自戒あり=塩尻市・平 澤 次 郎

 大東亜戦争の是非を問へるものは神のみ、若し人が判断するとしたら、それは数百年後の史家、それも当事者ではない第三者と云ふことにならう。今年は終戦から七十年。即ち、敗戦から七十年と云ふことだが、この戦争で斃れた人「戦後」はなく、戦後を直接語れるのは戦争体験者だけである。私は戦時中に生まれ、廃墟と混乱の中で育つた。私の人生はそのまま「戦後七十年」である。

戦勝国の七十周年
 
 五月九日、ロシアは赤の広場で「対独戦勝七十周年式典」を行つた。旧ソ連は対独戦で二千七百万人もの犠牲者を出したとされるが、式典では死者への追悼はなく「ロシア史上最大」(ショイグ露国防相)の軍事パレードを繰り広げて「偉大なる勝利」の歴史観を誇示した。
 プーチン大統領は演説で、対日参戦にも言及し「日本の軍国主義に苦しめられた国々を解放した」と自賛し、日ソ中立条約を一方的に破毀した背信行為を正当化したほか、前日には旧満州で関東軍と戦つた十八人の元兵士を前に「あなたたちは、中国の抗日戦争勝利に大きく貢献した」と述べ、支那共産党の対日歴史観と共同歩調を取る姿勢を見せた。
 この式典には欧米先進国の首脳を始め、安倍首相への招待もあつたが、ロシアのウクライナ介入に抗議する立場から主要各国は参加を見送つた。
 孤立したロシアに歩み寄つたのは習近平だつたが、その魂胆たちには見え見え。来る九月三日、北京で行ふ「抗日戦勝七十周年」記念式典にプーチン大統領の出席を取り付け、中露で〈対日戦争大国〉を内外に誇示し、「日本の軍国主義による侵掠の歴史」を断罪しようと云ふ意図だ。
 台湾でも七月、国民党主催の「抗日戦勝七十周年記念」として「戦力展示」が行はれ、対日戦争で従軍した兵士に「抗日戦争勝利記念章」を授与すると云ふ。
 一方、日米連携を謳ひ、同盟の深化を進める米国だが、国内では依然として太平洋戦争は「正義の戦争」とする歴史認識が根強く、ホワイトハウスをはじめ、連邦議会、歴史学会、メディアなど各界で東京裁判史観が大勢を占める。
 韓国は戦勝国ではないが、反日を民族の怨念とし、歴史認識・慰安婦問題などでは節度を欠いてわめき散らし、安倍首相が予定してゐる「戦後七十年談話」の中に「反省と謝罪」を求めて対日強硬姿勢を崩さない。
 
「東亜百年戦争」の論考 

「戦争と云ふのは、いきなり勃発するものではない。戦争になるまでには五年、十年の経過がある。戦争を論ずるには深く歴史を知ることだ」と云ふ考へがある。
 林房雄の名著『大東亜戦争肯定論』(番町書房・昭和三十九年、初版刊行)によれば「大東亜戦争(太平洋戦争)は百年戦争であつた」とし、その火種は広化年間に始まつてゐたと云ふ。つまり、広化三年、米国使・ビッドルが浦賀に来航し、砲艦外交で開国を迫つたことから、日米間に〈発砲なき戦争〉が始まり、以降わが国は、天皇陛下を中心に挙国一致、一丸となつて数々の戦争に明け暮れ、それが大東亜戦争(太平洋戦争)まで続いたと論考する。
 「明治大正生まれの私達は〈長い一つの戦争〉の途中で生まれ、その戦争の中を生きてきた…。私達が〈平和〉と思つたのは、次の戦争のための〈小休止〉ではなかつたか。徳川二百年の平和が破られた時に〈長い一つの戦争〉が始まり、それは昭和二十年八月十五日にやつと終止符が打たれた」(同書)と回想する……。
 紙面の制約もあり、この名著を長々記述する訳にも行かないので、将来のある若い人たちには是非一読をお薦めするが、敗戦後の思想・論壇・文芸・報道・教育界などが東京裁判史観一色の時代にこの論考が公表され、大きな物議をかもした。
 とりわけ衝撃を受けたのは東京裁判史観や戦後価値観を無批判で受け容れた進歩的文化人やマルクス主義者達だつた。彼らは林を「反動」などと口汚くののしり、更には「右翼」のレッテルを貼つて攻撃した。だが、敗戦で意気銷沈し、日本人の誇りと自信を喪失させてゐた良識的国民には旱天に慈雨となり、ひと頃は民族派の〝聖典〟とまで評された。
 
 定まらない戦争の呼称
 
 戦後の一時期、思想・論壇界は、大東亜戦争を「十五年戦争」と呼んだ。時流に乗つて新を追ふ奇論である。だが、歴史と云ふのは連続性のものであるから、時代の断面を羊羹のやうにスパッと切つて論評しても意味はない。今では一部左翼の用語となり、教育界では使はれない。 
 平成六年八月、読売新聞は「検証 戦争責任」なる連載を始め、満州事変から太平洋戦争までを「昭和戦争」と呼称しやうと提唱した。この検証は、同紙の「戦争責任検証委員会」が行つたと云ふが、実質的にはナベツネこと渡邉恒雄(読売新聞グループ本社会長・主筆)の強い意志が反映され、云はば「ナベツネ史観」と云つたところだ。
 ナベツネは旧制高校時代、「反軍思想」を抱いてをり、東京帝大から陸軍二等兵で招集され、内務班で犬馬以下に扱はれたことから、軍隊を憎むやうになつたといい、この体験が先の戦争史観になつたやうだ。
 これと似た環境に丸山真男(東大教授)がゐる。丸山は東京帝大助教授でありながら、思想犯として逮捕された前歴があることから、陸軍二等兵として教育召集を受け、ここで学歴もない一等兵から殴られ、執拗にイジメられた。この屈辱的な思ひが戦後思想の原点となり、やがて思想界の〝教組的存在〟にまで登りつめる……。
 閑話休題。読売新聞の「昭和戦争」には違和感がある。百歩ゆづつてこの論に従へば、日露戦争は〈明治戦争〉となり、第一次世界大戦の日本参戦は〈大正戦争〉と呼称しなければなるまい。今のところ「昭和戦争」と呼称してゐるのは、ひとり読売新聞だけで、内外に認定される気配はない。
 英国の歴史学者・クリストファー・ソーンは、第二次大戦で繰り広げられたアジアと太平洋の戦争は、「日米の戦争」と云ふ側面ではなく、植民地帝国であつた英国、フランス、オランダと日本の抗争でもあつた。太平洋より広い地理的範囲を考へれば「極東戦争」と呼称するべきだと提唱した。
 第二次大戦は「持てる国」と「持たざる国」の戦争と云ふ見方もある。この意味で「植民地帝国対日本の戦争=極東戦争」と云ふ論考も一部うなづけるが、われわれ日本人は、昭和十六年十二月十二日に東条内閣が閣議決定した「大東亜戦争」の呼称を尊重し、これに従ふべきである。なぜなら、この戦争はアジア・アフリカの「被圧迫民族の解放」と云ふ大義のもとに始めた聖戦だからだ。
 
 日本人の自戒と反省
 
 「敗戦後の日本人は、アメリカの立場からの〈太平洋戦争〉史観、ソ連の立場からの〈帝国主義戦争〉史観、中共の立場からの〈抗日戦争〉史観を次々に学習させられてきた」(上村春平)と云ふ。更に付け加へれば、韓国の立場からも〈日帝三十六年〉史観を学習させられてゐる。
 このやうに、各国によつて対日史観が異なり、しかも〝多元的〟である。そこで、日本側からも「大東亜戦争」を検証してみると、大別して①対支戦争②対英米蘭戦争③対ソ戦争の三つに分けられる。このどれをとつても「領土的野心」はなく、対ソ戦に至つては、むしろ侵掠され、領土を強奪された被害国である。
 わが国は、戦後七十年経つた今も「敗戦」の残滓が残り、国際世論から、とりわけ中韓から〈謝罪〉と〈反省〉を求められてゐる。
 そもそも「反省」とか「(戦争の)道義的責任」と云つたものは個人の内面的問題であつて、他人からとやかく言はれる筋合ひのものではない。若しわれわれ日本人に「歴史の反省」があるとしたら、それは別の次元で次のやうな点となり、今後の教訓としなければなるまい。
 四方を海に囲まれ、日本列島と云ふ〈箱庭〉で暮らしてきた日本人は、単一民族国家であることから、外国人に対して警戒心や疑ひを持たず、むしろ価値観の共通、行動の同一化を求め、親切で思ひやりに厚く、どちらかと言へば〝お人好し〟である。明治維新後には産業の近代化を成し遂げ、精神的には日本武士道を日本民族の道義的支柱とした。
 アジアの黎明は日本から始まつたが、韓国の民衆は塗炭の苦しみにあり、支那は〝眠れるブタ〟となつて惰眠をむさぼつてゐた。日本の朝鮮・大陸進出は、彼の国の独立を助け、民衆を救ふと云ふ精神だつた。
 この為、八紘一宇の大義は正しかつたが、日本人の〝お人好し〟が裏目に出てしまつた。たとへ親切心から出た行為でも、口やかましかつたり、世話を焼きすぎると子供にも嫌はれる。日本は「うるさい小父さん」だつたのである。
 大陸(朝鮮半島も含む)に住む多くの民衆は、電灯を見たことがなく、彼らはローソクのやうに、ふうと息を吹きかけて電球を消さうした。このやうに、食ふや食はずの人々、無智蒙昧の大衆に向かつて、日本人は「新東亜の建設」だの「東亜の共栄共存」などと、腹の足しにもならぬ〝夢想〟を唱導し、日本の習俗、思想、制度を押し売りしたばかりか、例へば、お前達は不潔でクサイから風呂に入れ、便壷の糞尿を道路にまき散らすな、食事の前には手を洗へなど〝箸の上げ下ろし〟に至るまで同化させようとしたのである。大陸や朝鮮半島の民衆から見れば、「小さな親切、大きなお世話」だつたのだ。
 もう一つの反省は、一旗組の存在である。内地で食ひ詰めた者やお尋ね者・前科者、詐欺師、悪徳商人らが、海を渡つて現地住民を騙し、あこぎな手口で濡れ手に粟、一攫千金に走るなど、恨みや反感を買つて「反日」「侮日」「抗日」運動に発展させた例もある。残念ながら日本人の中には聖戦の裏で私利私欲の者もゐた……。
 日本民族にとつて、敗戦・降伏の衝撃は大きく、人々は慟哭、悲嘆、虚脱、絶望、困惑、安堵と云つた複雑な精神状態に陥つたが、七十年の歳月は無為ではなく、過去を冷静に振り返る余裕も生まれた。日本人は「敗戦」によつて多くのことを学んだ。

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